シンポジウム
2021年(令和3年)2~3月Web開催
酪農現場のリスク管理を考えるⅡ-「暑熱」を考える-
暑熱期における繁殖成績改善のヒント
北里大学獣医学部動物資源科学科動物飼育管理学研究室准教授 鍋西 久 氏
近年の気候変動に起因する気温の上昇等による真夏日・猛暑日出現日数の増加が国内の広範囲でみられるようになっており、寒冷とされている北海道や東北地域においてさえ夏期の猛暑発生による家畜の斃死、生産性低下などの問題が発生している。特に、北欧原産のホルスタイン種乳用牛では、暑熱環境下では飼料摂取量低下に伴う乳生産量の減少、繁殖成績の低下が深刻な問題となっている。このような気候変動による温暖化が今後加速することは疑いの余地がないため、気候変動に適応する酪農生産技術を確立することが急務である。本講演では、乳用牛の繁殖成績に及ぼす環境要因の影響について、我々の知見を中心に紹介しながら、得られた結果から考えられる対策について提案するとともに、海外における最新の研究知見から、我が国における乳用牛の繁殖成績向上に寄与するヒントについて考察する。また、現在、我々のプロジェクトにおいて進行中である、酪農家の生産性向上に寄与できる新たな構想についても併せて紹介したい。
西南暖地で飼養されている乳用牛の人工授精成績をみると、夏期の人工授精頭数の減少と受胎率の著しい低下が認められ、各月の受胎率は気温や湿度よりも温湿度指数(THI)の影響をより受ける結果となった。また、人工授精前後のTHIと受胎率との関係では、人工授精2日前~当日までの3日間に平均THIが80を超えると他の期間よりも受胎率が低下するのに対し、人工授精4~6日後の暑熱環境は受胎率に影響を及ぼさなかった。暑熱期における胚移植の有効性が報告されているが、生産現場では思うような受胎率が得られていないのが現状である。そこで体内胚に対する暑熱負荷の影響を評価したところ、凍結胚では暑熱負荷によって発育が有意に抑制されたのに対し、新鮮胚では暑熱の影響をほとんど受けなかった。したがって、暑熱期における新鮮胚移植による受胎率改善効果が期待された。人工授精2日前~当日までの3日間では、人工授精前日にTHIが80を超えた場合に他の期間と比較して最も受胎率が低くなった。このことから、人工授精前日に暑熱の影響をより受け易いものと推察された。暑熱ストレスによるホルモン分泌の変化が発情行動や排卵、その後の黄体機能に影響することが報告されており、それを補足する目的で、ターゲットを絞ったホルモン処置による暑熱時の繁殖成績改善効果が期待できる。
暑熱期の乳用牛の体温は、朝もっとも低く夕方にかけて段階的に上昇を続け、真夜中まで最高体温で推移した後、翌朝にかけて低下するパターンを示す。そのため、上昇した体温を夜間から翌朝にかけていかにスムーズに正常値に戻すかが課題となる。日中よりも夜間の牛舎内THIが乳量に影響していることも明らかとなっており、夜間のクーリング強化の重要性を裏付けている。
暑熱ストレスに対する乳用牛の反応としては、正常体温を維持するための生理的な反応、行動的な反応および内分泌反応の変化が認められる。これらに対応するための前提条件が“効率的なクーリング対策”であることは間違いない。そのうえでの繁殖技術として、発情誘起と強化、卵子品質改善、黄体機能強化といった、目的に応じたモルモン処置の選択が有効である。また、初期胚に対する耐暑性賦与の観点から、胚移植、なかでも新鮮胚の活用が期待できる。