シンポジウム
2017年(平成29年)2月2日
酪農現場の"カイゼン"を考える-酪農現場で発生するロスとその対策-
意見交換
講演者
佐藤 尚親 氏雪印種苗(株)トータルサポート室主事
廣田 和久 氏北海道農業共済組合連合会家畜部長
熊野 康隆 氏北海道酪農検定検査協会専務理事
座長
松田 徹雪印メグミルク株式会社 酪農総合研究所 担当部長
柳瀬 兼久雪印メグミルク株式会社 酪農総合研究所 リーダー
座長
最初に事前にいただいた質問票をもとに質問させていただきます。
まずは佐藤先生への質問です。バンカー、スタックなどサイレージの取り出し方法のポイントを教えて下さい。あわせて簡易更新と完全更新のメリット・デメリット、簡易更新実施におけるポイントを教えて下さい。
佐藤先生
サイレージ調製後にサイレージの品質が良くなることはないので、品質を劣化させないことがポイントになります。例えばサイレージを取り出すときに取出し面がガタガタだと表面積が増えてしまうので空気に触れる面を減らすような取出しをしたり、取出したあとは毎回ビニールを戻したりします。またサイロ設置のときには、できるだけ間口を北側にすることが好ましいです。スタックは土間が泥濘している場合もあるので、下からではなく上から取出すといった基本を守ることが大切です。
草地更新については、現場の状況を見る限り簡易更新の方が良いと思えます。完全更新を否定はしませんが、しっかり堆肥を混和している完全更新は少なく、プラウ跡がそっくり切断面に残っているような完全更新が多いので、なるべく簡易更新に移行する方が良いと思います。また“表土を大切にする”という基本的なスタンスが重要です。厚さ数十センチの表土を作るのに何十年もかかります。草地更新の設計は草地造成の設計基準が使われる場合が多いのですが、この設計基準は表土をひっくり返すやり方なので、心土が上になり何十年もかけて作ってきた有機物を含んだ表土を無駄にしてしまいます。ある現場で時系列的に観測したところ、心土が上に出たところは今年の大雨でエロージョンが起きて土が流される反面、表土が残ったところは無事でした。つまり、今後の気象も考えると、心土を表層化したり表土を粗末にしたりするのはナンセンスだと思います。ただ作業機械の重量により圃場に硬盤ができるので、草地造成という考え方から心土破砕と簡易更新で草地改良するという考え方にシフトしていくべきだと思います。
座長
佐藤先生への質問です。マメ科比率30%位を維持させるためにはどのような手段があるのでしょうか。常に土壌を団粒化させるにはどうしたらよいでしょうか。団粒化が維持できたらサブソイラの使用は必要ないのではないですか。
佐藤先生
マメ科はpHに敏感なので、カルシウム還元、pH調整、マメ科なりの窒素量の投入など、基本的な肥培管理を守ることが大切です。またマメ科のなかでもアカクローバは一番簡単な簡易更新なので、マメ科が少なくなったら追播をお勧めします。追播したアカクローバの直根で土壌の団粒や物理性は改善されますが、時々、土壌硬度計で硬度を測り、硬度次第でサブソイルするなど対応をすればよいでしょう。
座長
佐藤先生への質問です。草地更新した圃場が台風や長雨等により冠水や滞水により、翌年春以降に再び播き直しが必要となった場合の土改材も含めた施肥量はどう考えればよいでしょうか。「出芽・生育後に枯死した場合」と「出芽しなかった場合」の2つの事例について教えていただきたい。
佐藤先生
程度によると思いますが、河川氾濫などにより圃場の土が流されたり、土砂が流れ込んだ場合は土壌分析も含めて最初からやり直しと考え、資材を投入して欲しいと思います。ただし、滞水程度であればリン酸は残るはずなので、リン酸を減肥して施肥すればよいと思います。
座長
次に廣田先生への質問です。仮死状態で子牛が生まれてきた場合、子牛を救うために酪農家が出来ること、すべきことをぜひ教えてください。
廣田先生
それらの対策については現場の先生が一番良く知っていると思いますが、最近導入が進んでいるカーフウォーマーが効果的だと思います。要するに濡れた体を乾燥させることが大切です。更に細かく言えば酸素吸入などいろいろあると思ますが、現場の先生に相談されるのが良いと思います。
座長
廣田先生への質問です。X精液を使用していますが、奇形児が生まれる確率が普通精液に比べて少し高い気がします。そのようなデータはあるのでしょうか。
(同様の質問がもう1件あり)
廣田先生
子牛の事故で奇形による死亡や廃用はそれほど多くありません。そのような状況からX精液使用による奇形発生のデータは収集していません。今後、そのようなデータを収集する機会があれば公表しますが、現在は回答できるデータはありません。
座長
廣田先生への質問です。北海道の出生子牛のうち性選別精液で受胎した子牛の割合がわかったら教えて下さい。出生子牛39万頭のうち、ざっくり何割程度かでかまいません。
廣田先生
データはありますが、今日は持ち合わせていません。よって今は回答できません。
※北海道家畜人工授精師協会の調査によると乳牛への人工授精の約10%を占めておりますので、出生子牛の約4万頭が性選別精液により受胎していると考えられます。(後日、補足回答)
座長
次も性選別精液についての質問です。性選別精液で生まれた雌牛と通常精液で生まれた雌牛では生存率に差はあるのでしょうか。性選別精液で生まれた牛は弱いということはないでしょうか。受胎率等にも差はないのでしょうか。
廣田先生
受胎率の差のデータは取っていませんが、性選別精液は使用本数が若干多くなると言われています。講演の中で話した掛り増し経費の2億円がそれと思っていただいて結構です。X精液の子牛が弱いかという分析はしていないので、この場ではお答えできません。我々は個体マスタを持っていますが、マスタ中X精液使用の有無の項目は持っておりませんので、別の手法で実施しなければならないことから、かなり大掛かりになってしまいます。
熊野先生
以前、同様の質問を受け乳検データをもとに集計したことがあります。そのときはX精液の方が良いとの結果が得られました。今日は(北海道酪農検定検査協会 乳牛検定部の)荒井部長が会場にいるので、少し説明していただきたいと思います。
荒井部長(北海道酪農検定検査協会)
2012年~2015年における乳検データをもとに、通常精液と性選別精液の生存率(除籍されない割合)について調べました。その結果、生存率は通常精液で73.1%、性選別精液で76.3%と性選別精液の生存率が3.2ポイント高い結果となりました。
また、2012年~2016年における分娩牛の通常精液と性選別精液の初回授精受胎率については、未経産牛で通常精液59.6%、性選別精液49.2%と通常精液の方が受胎率で10.4ポイント高く、同様に経産牛の受胎率はそれぞれ38.1%、32.6%と通常精液の方が5.5ポイント高い結果でした。
質問者
私はX精液で生まれた雌牛の受胎率について質問させていただいたのですが、それがわかれば教えていただきたいと思います。
廣田先生
それは残念ながら追跡調査していません。
座長
次は乳牛の難産の原因と対策についての質問です。1つ目は、難産を起こしやすい遺伝的特性を有する種雄牛の交配も難産の原因となります。交配する種雄牛の分娩難易度をどの程度考慮されているのでしょうか。2つ目は、分娩予定日を過ぎて分娩する場合も難産が起こりやすい。初産牛の場合は2~3日、経産牛の場合は4~5日分娩予定日を超過した時点でホルモンを使って分娩を誘起することも難産予防になると思いますが、そのような対策は可能でしょうか。
廣田先生
1つ目の質問は難しいので回答は控えさせていただきます。2つ目の質問について、例えば分娩日を決定するためにホルモン製剤を使用する場合、牛は分娩に対してどのようなホルモンが働いて子宮が収縮し、子宮口が開き、分娩に至るのかを考えると、単体の薬だけを投与すればよいということではないと考えます。子宮を収縮させても子宮口が開かなければ分娩には至らないので、作業効率上、現場ではホルモン製剤の使用を望まれるかもしれませんが危険が伴う感じがします。回答にならないかもしれませんが、以上が私の感想です。
座長
廣田先生への次の質問です。講演で心不全の死廃が紹介されていましたが、具体的な原因、ケースがわかれば教えて下さい。虚弱によるものが一番多いのでしょうか。
廣田先生
原因がわからないものが心不全と診断されます。例えば、天然孔からの出血もなく眠るように死亡していたので特定の病死ではない。解剖ができないのでどのような原因で死に至ったのか特定できない。消去法的に診断された病名が心不全となります。心不全による死亡頭数は乳牛の死廃事故の第1位ですが原因究明には至らないのが現状で、何かしらプロジェクトなどで原因を究明しない限りは心不全の数だけが増えていくであろうという危惧を持っています。
座長
廣田先生への最後の質問票です。死廃率は平均7.5%とありますが、片や0%、片や20%と生産者ごとに相当なバラツキがあると聞いたことがあります。また事故率が低い生産者は長年継続して低いとも聞きます。まずは何から取り組むのが効果的か教えて下さい。もしくは優良な生産者に共通する特徴があれば教えて下さい。
廣田先生
以前から言われていることですが、牛を良く見る、これに尽きます。平成16年から子牛の共済を開始しました。当初の掛金率は3%でしたが被害率は7%、つまり差分の4%が赤字となり、連合会で10億円の赤字を負担することになりました。それを機に現状分析した結果、分娩監視が大切という結論に至り、分娩監視用カメラの導入などに取り組みました。カメラを導入した酪農家数は少数でしたが、その酪農家は他の酪農家と比べて被害率は低下する傾向にありました。また、その事例以外でも分娩事故が少ないところは、当然、分娩房というキーワードがあります。また牛舎と住宅との距離が近い酪農家も事故率が低い。いずれにせよ、牛にどれだけ目を向けられるかに尽きると思います。
熊野先生
冬期間の子牛の死産をなくすため、昨年からホクレンが酪農生産基盤強化対策を実施しています。我々が聞いているところによると、北海道の酪農家の1/4にあたる1,352戸もの酪農家が事業を利用しています。多いのはカーフジャケット、カーフハッチ、赤外線ヒーターで、カーフウォーマーは約410戸、約500台、意外に多かったのが分娩監視カメラで約220戸、約350台と聞いています。平成29年度も継続される事業なので早めに利用されたらいかがかと思います。我々もそのような酪農家を対象に調査し事例集を作ろうとしているところですが、大変評判が良いと聞いています。
座長
熊野先生への質問です。乳質改善の取り組みについては、各地域で様々な形で実施されていると思われるが、成果を上げている地域での取組事例があれば、ご紹介願います。
熊野先生
講演で話した平成10年代の取組内容からみれば現在はレベルが落ちてきているのが実態ではないかと思います。例えばロボット搾乳での細菌数増加の問題が起きています。ロボットの場合、機器メーカーは牛床の汚れから乳頭清拭が不十分になるといい、酪農家はロボットの洗浄方法が悪いという認識の違いがあります。一方、優良事例を紹介すれば、オホーツクはまなす農協管内滝上町の酪農組合では、一昨年は植生改善、今年度は子牛死産や生産性向上に取り組んで良い事例になっています。これは農水省でも事例紹介しているし、今後は我々も事例紹介していきたいと思っています。
座長
それでは会場からの質問を受け付けたいと思います。質問のある方は挙手願います。
会場質問①
廣田先生にお伺いします。死廃事故の記帳記録に関して、乳検データは死廃と記載されるだけですが、共済カルテはどのような疾病を経て死廃に至ったか詳細が記載されています。そのため現場では共済カルテがとても貴重なデータになります。今後のデータのフィードバックについてのお考えをお聞かせ願いたいと思います。
廣田先生
現在、北海道内ではすべてのカルテが電子化されサーバに格納されています。それを抽出してなんらかの対策に役立てることは可能です。しかし、それを実施するのかしないのかが問題となります。つまり、このデータは我々にとっては共済金請求データとなるため、情報公開の是非を問わなければいけません。本人の承諾があれば良いだろうという意見もありますが、それが解決できたら今度はどこまでデータを公表するのかという問題もあります。今、ベストパフォーマンス実現事業の打合せにおいても、このニーズが高いことは我々も十分承知していますので、これから検討していかなければならない事項であり、電子データの還元を検討する時期に来ていると考えています。
会場質問②
最近、酪農主産地の離農が進み、地域崩壊にまで至る勢いを感じます。それを突き詰めていくと労働力不足が根源にあります。今、全国的に労働力が不足し、海外からの労働力を当てにしなくてはならない現状で、すでに個人の努力の限界を超えています。今日の講演をお聞きし、個々の技術的な問題への解決策はわかりましたが、労働力不足についてどのようにお考えなのかお聞きしたいです。
佐藤先生
ご指摘いただいた内容は私も現場を回っていて強く感じています。特にここ数年で驚くほどの勢いで海外からの労働者が生産現場に従事しているのを目にします。この問題については一企業の技術屋の立場の力の及ぶ話ではありませんが、そのなかで生産性をどう持続するかについてお話しすると、今日お話したとおり基本技術を励行しなければ生産性は下がる一方です。しかし、外国人労働者に今まで蓄積してきた技術を習得してもらうのは難しいと思います。よって監督者による外国人労働者向けの作業リスト化や作業チェック機能の確立によってミスやロスを防ぐことが生産性の維持につながると思います。
廣田先生
その問題は痛いほど良くわかります。私の今の立場から話しますと、現在、北海道内NOSAIの獣医師は720名ほどいますが、当然、定年退職等により獣医師が減っていきます。そのため毎年50名近くの獣医師の募集をしていますがなかなか充足しない。それゆえ現場への獣医療サービスが行き届かないというもどかしさがあります。つまり本来なら回復できるロスができていない可能性もある。我々もどうやって獣医師を確保しようかと必死にあがいているのが現状です。これらのことは今のご質問に関連してくるのではないかと思います。
座長
それでは時間も過ぎましたので、意見交換会を終了させて頂きます。
ありがとうございました。