シンポジウム

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2007年(平成19年)2月13日

フードシステムからみた生乳需給の現状と展望-いかにして国産乳製品需要を拡大するか-

第1講演『牛乳・乳製品フードシステムの閉塞性を打開するには』

東京大学大学院教授 鈴木 宣弘 氏

1.牛乳・乳製品フードシステムをめぐる課題

我が国の牛乳・乳製品フードシステムをめぐる課題として、

  • 飲用乳消費の予想を上回る減退、
  • 生乳生産の減退基調の鈍化、
  • それに伴う急速な生乳需給緩和、
  • 打開策としての計画減産の開始、
  • 打開策としてのチーズ仕向け生乳の増加計画、
  • 一方で、WTO(世界貿易機関)・FTA(自由貿易協定)交渉進展による貿易自由化圧力への対応、
  • 逆に、アジアへの日本の牛乳・乳製品の輸出可能性の模索、
  • 高まる環境負荷是正の必要性の高まり、等が挙げられる。

2.全体をシステムとして捉える必要

牛乳・乳製品のフードシステムを構成する個々のセクターの個々の主体が、政策の変化等に対応して、一斉にある行動をとったときに、それがシステム全体に及ぼす影響を常に意識する視点が必要である。そうした広い視野でのチェック機能を誰が持つべきか、なかなか難しい。

例えば、家畜排泄物法に対応するためのリース事業で、堆肥化施設が全国的に一斉に増加すれば、堆肥の需要面での対策がセットで実施されなければ、全体としての堆肥需給はさらに緩和され、深刻な堆肥過剰が発生する危険があったが、こうしたトータルの影響についてのチェック機能は、十分に働くかどうかということがある。国の行政組織の性格上、個々の事業を各課が分担して進めるが、それらの全体としての効果・影響を捕らえる機能を持つ部署があるかどうかという点である。堆肥化施設の導入と畜舎の新設がセットで進んだ傾向もあったため、牛乳需給にも影響を与えたとの見解も一部にある。

いずれにしても、システムを構成する様々な関係者には、それぞれ応分の「責任」があるわけで、それをまず率直に認めることが出発点である。そして、目標は、"システムの閉塞性の打破"である。

3.解決策の短期と長期

解決策には、短期と長期がある。短期は、関係者が鋭意努力している日々の対応で、極めて重要だが、「その場しのぎ」的になると、根本的な問題の解消にはつながらない。したがって、一方で、やや時間はかかることでも、長期的な解決策を同時に進めることが不可欠である。

4.量か価格か、そして生産調整から販売調整へ

システムの調整には、量で調整するか、価格で調整するか、の選択がある。飲用乳と乳製品を比べると、相対的に、飲用乳のほうが価格を引き下げたときの需要拡大の余地が小さいので、飲用乳市場への生乳仕向け量を「調整」して、価格暴落を防ぎ、残りを低価格でも加工向けにするのが、全体としての販売者の利益を高めることになる。つまり、価格でなく、量で調整するのが、売り手からみて妥当なのが牛乳・乳製品市場の特質の一つである。

しかし、国境の垣根が低くなってくると、量で調整して、価格を維持しようとしても、海外からの安価な製品の流入を招くだけになってしまう。この点は、あとで議論する。

また、量の調整の仕方は、生産調整から販売調整への転換を少しでも進める必要がある。生産調整の強制感が強まると、意欲的担い手が意欲を削がれる危険がある。意欲的な担い手が、ここを辛抱して、将来的な生産基盤の維持・拡大につなげることができなかったら、国民の健康、特に子供の成長に不可欠な基礎食品である牛乳・乳製品の安定供給を将来にわたって確保するという重要な社会的使命を果たせなくなる。多様な販売先、「はけ口」を確保することで、生産での調整を緩め、販売で調整することを可能にしていくことが求められる。

5.「入」が多く「出」がないのが、日本の牛乳・乳製品システムの特質

例えば、米国では、生乳廃棄というような事態は生じない。なぜなら、米国の酪農協は、日本とは反対に、飲用乳製造施設を持つ所は少ないが、脱脂粉乳やバターへの加工施設(balancing plant)を酪農協自らが持ち、需給調整機能を生産者サイドが担える体制を整えている。それによって、飲用向け供給を過不足なく行う責任を果たしている。もちろん、これが米国で可能な背景の一つは、米国政府が余剰乳製品の買上げ制度を維持し、その最終的販売先として補助金付き輸出や援助を準備していることも大きい。我が国でも、中川大臣の一声で、かろうじて、ウズベキスタンへの脱脂粉乳の援助が行われたが、国としての乳製品のルーチン的な援助システムを確立することについては、依然として、極めて否定的である。

欧米の乳製品輸出国は、酪農における国際競争力は豪州とニュージーランドが突出しており、他の先進国は、国民に不可欠な牛乳・乳製品の国内生産を確保するには、オセアニアからの輸入に対する防波堤(保護措置)が欠かせない。そこで、欧米の政府は、まず乳製品に対する高関税を維持し、国内消費量の5%程度のミニマム・アクセスに輸入量を押さえ込んだ上で(しかも、ミニマム・アクセスは、本来、低関税の輸入機会の提供であって最低輸入義務ではないから、枠が結果的に未消化になっている場合が多い)、国内では政府買取価格を設定し、余剰乳製品を政府が受け入れ、乳価を下支えしている。そして、過剰乳製品は援助(=見方変えれば全額補助、輸出価格ゼロの究極の輸出補助金)や輸出補助金で海外市場で処分されることになる。海外からの輸入を閉め出しておいて、価格支持により生じた余剰は補助金でダンピング輸出するのである。こうして本来なら輸入国のはずの国が輸出国になっているのである。競争力があるから輸出しているのではないのである。

これに対して、我が国は、チーズを中心に乳製品の半分は輸入に市場を開放しており、一方で輸出はほとんどない。また、酪農の飼料も80%を輸入に頼っている。このため、食品としてみた場合も、窒素等の環境負荷栄養分でみた場合も、「入」は多く、「出」が極端に少ない構造にある。これが、我が国の牛乳・乳製品フードシステムの閉塞性の大きな原因でもある。

6.需給緩和への処方箋

  • 消費減退をどう捉えるか

    我が国の飲用乳消費水準はアメリカの40%程度であるが、近年停滞傾向を顕著にしている。しばしば、我が国の飲用比率は60%であり、欧米に比べてまだ高いので、長期的には、まだ伸びると言われてきた。この議論には誤解がある。国産生乳の飲用仕向率は60%であっても、輸入を含めた総消費(生乳換算)に占める飲用比率は、すでに40%で、欧米水準に達しているのである。絶対水準は、まだ欧米よりはるかに低いにもかかわらず、比率的には、牛乳・乳製品消費の飽和の目安とされる40%に達しているのである。
     牛乳・乳製品消費においては、次第に飲用向けよりも加工向けの伸びの方が大きくなり、飲用向け比率が低下し始め、それが40%程度になると、全体の牛乳・乳製品消費も飽和・停滞する傾向がある。その後、伸びるのはチーズで、各国ともチーズのシェアが高まっている。
     我が国の牛乳・乳製品消費の動向については、その絶対水準の低さで可能性がまだ高いと考えるのか、いや、それは日本人における「洋風化」の限界であり、飲用vs加工=4:6の飽和傾向サインを重視すべきと考えるかで、今後の見通しに差が出る。

  • 即効的な対応

    販売促進については、例えば、牛乳摂取と身長との関係についての明確な因果関係をシンプルなデータで若者に示す等のストレートでインパクトの高い情報の活用が必要である。我々は、平均身長を、遺伝要因、牛乳消費量、肉類消費量等の説明要因で解析している。
     筆者の娘(高校3年生)の身長は遺伝要因で計算すると、152cm止まりのはずなのに、すでに165cmあり、13cmも高い。小さい頃から食は細かったが、牛乳だけはガブガブ飲んでいた。ヤンキースの松井秀喜氏も、両親が背が低いのにとインタビューで聞かれて、同じことを答えていた。背の低い筆者が教壇でこの話をすると、非常に説得力があり、九大の1,2年生、ちょうど親元離れて急に牛乳離れしてしまったばかりの学生達が、授業の感想に「今日から牛乳飲む」と書いていた。
     国別の身長データからは、単純には、牛乳を年間1kg多く飲むと1mm身長が高くなると計算される(参考表1)。日本の若者の平均身長が伸びなくなったことと牛乳消費の停滞とも関係していることは、17歳男子の平均身長の時系列データから、牛乳を年間1kg多く飲むと0.4mm、肉類を1kg多く食べると1.7mm身長が高くなる、と試算される(参考表2)。これらは、やや単純だが、思い切ってこういうデータをストレートに示すことが効果的だと思われる。
     高齢者には、やはり、よく知られている柴田先生の小金井研究を示すのが効果的であろう。70歳時に毎日牛乳を飲む習慣のある男性は、10年後の生存率が80%、そうでない男性の生存率は60%で20ポイントも違うというデータをストレートに示したらどうか。
     キャンペーンの効果については、「認知率」だけを指標にしていては説明不足である。現に、認知率は高くても、消費は減少していることに回答しなくてはならない。娘の高校では、キャンペーンの携帯ストラップやシールがたいへんな人気だが、それと牛乳を飲むことは結びついていないのが現実である。欧米が行っているように、消費が減っても、少子高齢化要因、他飲料との競合の高まり、天候要因等による減少要因を分離すれば、広告効果はプラスであったから、5%減るところを3%の減にとどめることができた、というような説明が必要になってくる。
     もちろん、牛乳批判本の影響も無視できないが、粗食でないと長生きできないという議論はおかしい。日本人が粗食だった20世紀初頭には、平均寿命は30歳台だった。牛乳や肉類や油脂を摂るようになり、平均寿命が伸びたのは明らかである。もちろん、欧米のように摂りすぎれば問題で、日本人は、これまで、そのバランスが比較的適度であったから長寿国になっている。こういう説明をきちんとすべきであろう。

  • より長期的な方向性

    長引く消費低迷の大きな要因の一つに、食中毒事故時に、食中毒が起こったこと自体以上に、事故で初めて、それが還元乳であることを認識した消費者がたくさんいたということがある。生乳だと思っていたものが水とバターと脱粉の混合だったということが判明した消費者の不信感は大きかった。
     したがって、消費拡大には、薄っぺらな小手先の戦略ではなく、根本的なところで、人の成長に不可欠な牛乳を最良の形で消費者に届けるというミッション(社会的使命)に関係者が誠意を持って取り組む姿勢がないと無理なのではないかと思う。

  • 本来の風味があり栄養価の保持された「本物」の牛乳を提供する

    乳業は、本来の風味があり栄養価の保持された「本物」の牛乳を提供する基本的使命をまず果たした上で、経営効率を問題にするという発想が必要である。特に、大手が、この姿勢を消費者に示さないと信頼回復が難しいのではないか。これは、消費者に受け入れられるかどうかの以前の問題として、食を提供するものの当然の心構えであるはずだ。

    そもそも、日本の消費者が味の違いで還元乳と普通牛乳が区別できないのは、日本では、120度ないし130度2秒の超高温殺菌乳が大半を占めているからである。普通牛乳であっても、(失礼ながら)あまり味覚が敏感とは思われないアメリカ人が「cooked taste」といって顔をしかめる風味の失われた牛乳を日本人は飲んでいるから、還元乳との味に差を感じないのである。アメリカやイギリスでは、72度15秒ないし65度30分の殺菌が大半である。2秒の経営効率に慣れてしまった現在、また、消費者がむしろ「cooked taste」に慣れて本当の牛乳の風味を好まないという側面から、いまさら、業界全体が72度15秒ないし65度30分に流れることは不可能という見解も多い。しかし、消費者の味覚をそうしてしまったのも業界である。しかも、非常に重要なことは、「刺身をゆでて食べる」ような風味の失われた飲み方の問題だけでなく、超高温殺菌によって、(1)ビタミン類が最大20%失われる、(2)有用な微生物が死滅する、(3)タンパク質の変性によりカルシウムが吸収されにくくなる、等の栄養面の問題が指摘されていることである。定説にはなっていなくとも、可能性のある指摘については、消費者の健康を第一に、もう一度、この国の牛乳のあり方を考え直してみる姿勢が必要ではないかと思われる。

  • 環境にも牛にも人にも優しい酪農経営で消費者と一体化

    乳業だけの努力ではなく、酪農家も、環境にも牛にも人にも優しい経営を実践せずにはおれない状況だということを認識する必要がある。日本の農地が適正に循環できる窒素の限界は123万トンなのに、その2倍近い234万トンの食料由来の窒素が環境に排出されている。そのうち80万トンが畜産からであり、一番の主役である。過剰な窒素は、大気中に排出されて酸性雨や地球温暖化の原因となるほか、硝酸態窒素の形で地下水に蓄積されるか、野菜や牧草に過剰に吸い上げられる。そして、その硝酸態窒素の多い水や野菜によって幼児の酸欠症や発ガンリスクが高まるといった形で人間の健康に深刻な影響を及ぼす可能性が指摘されている。糖尿病、アトピーとの因果関係も不安視されている。世界保健機関(WHO)に基づく窒素の一日許容摂取量(ADI)に対する日本人の実際の摂取比率は、かなりの窒素摂取過多傾向を示している。

    このような数値を直視すると、草地依存型,資源循環型の酪農を推進することが、我が国の窒素需給を改善し,健全な国土環境を取り戻し,国民の健康を維持するために,酪農経営者にとっていかに喫緊の課題かということがよくわかる。それは狭義の効率性に基づく増産一辺倒路線を考え直すことにもなり、消費の回復と生産抑制の両面から需給を改善する。

    減産計画というのは,担い手の意欲を削ぎ,最適規模での生産を歪め,競争力の強化に逆行する側面が強い。減産計画が一律的であるほど,当然その弊害は強くなる。しかし,視点を変えて,減産計画を消極的に捉えるのではなく,いまこそ酪農経営が環境や資源循環に果たす役割の自覚を強め,環境にも牛にも人にも優しい経営を追求する契機として,減産に積極的な意味を見出すことも可能ではないかと考えられる。この点は、もう少し詳しく数字を見ておこう。

  • 我が国の窒素需給

    まず、日本の窒素需給がいかなる現状にあるかを検討することにしよう。表1は、我が国の食料に関連する窒素需給の変遷をまとめたものである。データ上の最新年の1997年でみると、まず、日本のフードシステムに入ってくる食料・飼料の窒素重量は、輸入が約120万トン、国産が約50万トンで、合計170万トン程度である。近年は頭打ち傾向にあるが、長期的には輸入の増加により窒素の流入総量が増加してきている。日本のフードシステムから海外に出て行く窒素は輸出が少ないので微々たるものである。

    日本のフードシステムに入ってくる国産・輸入の食料・飼料の窒素は、主要な経路は食生活と畜産業、つまり、人間の屎尿及び生ゴミと家畜糞尿として環境に排出される。その量は、1997年で、屎尿及び生ゴミが60万トン強、家畜糞尿等が80万トン程度を主として全体で170万トン弱であり、これは国産・輸入の食料・飼料として日本のフードシステムに入ってきた量にほぼ近い量が最終的に環境に排出されていることを示している(詳細な窒素のフローは図1参照)。これに、圃場に残された作物残さ約20万トンと作物生産に使われた化学肥料約50万トンを加えた環境への窒素供給総量は、1997年には約240万トン弱である。

    一方で、日本の農地面積が漸減傾向にあるので、それに農地 1ha当たりの窒素需要限度量といわれる250kgをかけて算出される日本の農地の受入可能な窒素需要量は、1982年の136万トンから1997年の124万トンに減少している。このため、仮に農地ですべての窒素を受け入れるとした場合の我が国の窒素需給の過剰率は、1982年においても、すでに75.7%と大きく、1997年は92.3%の高水準にある。つまり、農地で受入可能な適正量の2倍近い窒素が環境に排出されていることになる。

    表1 我が国の食料に関連する窒素需給の変遷

    1982 1997
    日本のフードシステムへの窒素流入 輸入食・飼料 千トン 847 1,212
    国内生産食・飼料 千トン 633 510
    流入計 千トン 1,480 1,722
    日本のフードシステムからの窒素流出 輸出 千トン 27 9
    日本の環境への窒素供給 輸入食・飼料 千トン 10 33
    国内生産食・飼料 千トン 40 41
    食生活 千トン 579 643
    加工業 千トン 130 154
    畜産業 千トン 712 802
    穀類保管 千トン 3 3
    小計 千トン 1,474 1,676
    化学肥料 千トン 683 494
    作物残さ 千トン 226 209
    窒素供給計(A) 千トン 2,383 2,379
    日本の農地の窒素適正需要 農地面積 千 ha 5,426 4,949
    ha 当たり適正需要 kg/ha 250 250
    窒素適正需要計(B) 千トン 1,356.50 1,237.30
    窒素総供給 / 農地受入限界比率 A / B 175.7 192.3

    資料:織田健次郎「我が国の食料供給システムにおける1980年代以降の窒素収支の変遷」農業環境技術研究所『農業環境研究成果情報』,2004年に基づき,筆者作成。鈴木宣弘『食料の海外依存と環境負荷と循環農業』筑波書房,2005年参照。

    (単位:千トンN,1997年)
    出所:農業環境技術研究所『わが国の食料供給システムにおける窒素収支の変遷』,2003年

  • 硝酸態窒素の蓄積と健康への不安

    これだけの窒素の供給過剰が続き、長期的には過剰率が高まっている中で、過剰な窒素は、硝酸態窒素の形で地下水に蓄積されるか、野菜等に過剰に吸い上げられることになる。そういう野菜や水を摂取すると、

    1)酸欠で乳児死亡の危険(欧米では「ブルーベビー」として恐れられる)

    2)消化器系ガンの発症リスクの高まり

    が、人の健康に直結する問題として指摘されている。この他にも、インシュリン依存性糖尿病、アトピー性皮膚炎との因果関係も疑われている。

    a) 乳児への影響

    胃酸が少ない乳児の場合、硝酸態窒素が亜硝酸に還元されてヘモグロビンと結合して、酸素運搬機能を失ったメトヘモグロビンになり、酸欠症状を起こして死亡する危険がある。欧米では、30年以上前からブルーベビー事件として大問題になった。実は、日本でも、死亡事故には至らなかったが、硝酸態窒素濃度の高い井戸水を沸かして溶いた粉ミルクで乳児が重度の酸欠症状に陥った例が報告されている(小児科臨床1996)。乳児の突然死の何割かは、実はこれではなかったかとも疑われ始めている。酸欠症に関しては、成人には普通大きな問題はないが、牛は胃酸が少ないので、人間の乳児と同じ危険があり、硝酸態窒素が過剰な牧草により乳牛が死亡する事故は日本でも報告されている(年平均100頭程度という統計もある。西尾道徳『農業と環境汚染』農山漁村文化協会、2005年参照)。

    b)成人への影響

    人間の成人については、硝酸態窒素が消化管の中で変化してできるニトロソアミンという発ガン性物質が問題視されている。日常的に硝酸態窒素の摂取が継続した場合、消化器系のガンになる確率が高まるのではないかというのである。英国では、因果関係を示すデータがある。

    c)水への対策

    水については、一応ヨーロッパ並みの10mg/l という基準値が1999年に導入された。環境省では、毎年大規模な全国的な地下水の水質調査を実施しており、全国の井戸の5~6%が基準値を超えている。この結果は、どの地域の井戸が基準値を超えているかは公表せず、全国で何%が基準値を超えたという結果だけが公表されている。基準値を超えている地域には、個別に、井戸水を飲まないよう、保健所を通じて指導がなされている。水道水については、かりに基準値を超えていれば供給できないので、現在供給されている水道水は大丈夫のはずということになるが、実際には、そうでもないというデータも出てきている。

    d)野菜への対策

    野菜については、ヨーロッパでは、国や季節による幅はあるものの、おおむね2,500 mg/kg (ppm) の基準値が設定されているが、日本では、野菜の硝酸態窒素と乳児の酸欠症や発ガン性との因果関係は、あくまで一部の見解とされ、まだ基準値はない。メトヘモグロビン血症の存在は明らかである点や水についての対応との整合性から気にかかる対応である。こうした中で、ヨーロッパ基準でみると、日本の野菜には基準値を超えるものがけっこうあることが指摘されている(平均値で、ほうれんそう3,560ppm、サラダ菜5.360ppm、春菊4,410ppm、ターツァイ5,670ppm)。

    e)日本人は窒素摂取過多

    こうした現状の結果として、日本人は窒素を摂りすぎている可能性がデータに示されている。表1は、世界保健機関(WHO)に基づく窒素の一日許容摂取量(ADI)に対する日本人の実際の摂取比率であるが、幼児では2倍、小中学生で6割超過、成人で33%超過というように、かなりの窒素摂取過多傾向が明らかになっている。

    表2 世界保健機関の一日当たり許容摂取量(ADI)に対する日本人の年齢別窒素摂取量

    1~6歳
    体重15.9㎏
    7~14歳
    体重37.1㎏
    15~19歳
    体重56.3㎏
    20~64歳
    体重58.7㎏
    65歳以上
    体重53.2㎏
    摂取量 (mg) 129 220 239 289 253
    対 ADI 比 (%) 218.5 160.1 114.8 133.1 128.4

    (注)硝酸態窒素のADI=3.7mg/日/kg体重(硝酸イオンとして)
    出所: 農林水産省ホームページ。

  • 何が必要か-循環型酪農

    このような窒素過剰の進行の中で,図1から明らかなとおり,その主役的存在として畜産業があることを我々は自覚せざるを得ない。データは食料と飼料が区分されていないが,多くの飼料を輸入し,それが家畜糞尿等として80万トンという窒素供給の主役になっている。

    我が国の窒素需給を改善し、健全な国土環境を取り戻し、国民の健康を維持するには、 図1からもわかるように、

    1)食料への依存をこれ以上高めない努力、

    2)現在、環境に廃棄されている未利用資源(家畜糞尿,食品加工残さ,生ゴミ,作物残さ,草資源等)を肥料や飼料や燃料として利用する割合を高め、循環型農業を推進することにより、輸入飼料や化学肥料を減らすこと、

    が不可欠といえよう。

    つまり,草地依存型,資源循環型の酪農を推進することは,我が国の窒素需給を改善し,健全な国土環境を取り戻し,国民の健康を維持するために,酪農経営者が今一度問い直さねばならない大きな使命なのである。

7.国際化への対応-消費者との連携

WTOのドーハ・ラウンド交渉は中断しているが、米国の中間選挙も終わり、再開に向けての何らかの動きがあるかもしれない。この交渉では、最悪のケースは、米国提案の75%の上限関税が導入された場合であり、この場合は、生乳換算で40円程度の乳製品と競争する必要が生じ、我が国の加工原料乳価が40円まで下がる可能性がある。これは、単純には、2004年のバターのCIF価格270円/kgに75%関税をかけると472.5円で、これをバターの生乳換算率12.34で割ると、38.29円/kgとなることから試算したものである。

これに、現行の補給金(ゲタ)が約10円乗っても50円、さらに輸送費見合いの約20円程度を足すと都府県の飲用乳価になるという構造が維持されるとしたら、飲用乳価は70円程度になるということである。つまり、
60(加工原料乳価)+10(ゲタ)+20(輸送費)=90(飲用乳価)
の代わりに、
40(加工原料乳価)+10(ゲタ)+20(輸送費)=70(飲用乳価)
ということである。

かりに、固定的な10円のゲタではなく、伸縮的なゲタによって現行水準を維持しようとすれば、
40(加工原料乳価)+30(ゲタ)+20(輸送費)=90(飲用乳価)
となり、財政負担額は、現行220億円の3倍の660億円となる。

もし、豪州とのFTA交渉で、かりにも乳製品がゼロ関税になったら、加工原料乳価は20円になってしまう。そうなると、加工向けは実質的に消滅する(生乳生産は500万トン弱に減少、付表1,2参照)ので、上式のような加工向けと飲用向けとの関係式はもはや成立せず、飲用乳のみの市場で、乳価が形成されることになろう。かりに、同様に、固定的な10円のゲタではなく、伸縮的なゲタによって現行水準を維持しようとすれば、
20(加工原料乳価)+50(ゲタ)+20(輸送費)=90(飲用乳価)
となり、財政負担額は、現行220億円の5倍の1,100億円となる。

しかし、飲用乳市場も安泰とはいえない。近隣の中国では、生乳の農家受取価格は20円程度で、近年、一年に400万トン、日本の北海道の生産量分ぐらいが増加するという、驚異的な増産が続いており、近い将来輸出余力を持つ可能性がある。そうすると、衛生水準がクリアされれば、生乳(未処理乳)は、21.3%の関税さえ払えば、いまでも輸入可能なのである。こうなると、輸送費を足しても30円強の飲用乳価と競争できるかという話になる。

加工原料乳の取引価格は下落しても飲用乳価は維持されるという制度体系は、飲用乳について海外からの直接的競争がない下では成立するが、近隣の中国や韓国からの飲用向け生乳の流入の可能性も考慮すると維持できなくなる可能性がある。その場合は、プール乳価を基準にした全体への直接支払い等が検討されなくてはならなくなり、財政負担が大幅に膨らむ。

以上のような競争が、かりにも現実になった場合、日本酪農がいくら規模拡大してコストダウンしても、どんなメガファームであっても、コスト競争では勝てる見通しはない。したがって、我々が目指すべきは、環境にも牛にも人にも優しい環境保全・循環型の酪農経営に徹して、消費者に自然・安全・本物の牛乳を届けるという食にかかわる人間の基本的な使命に立ち返ることではなかろうか。それによって、地域の消費者と密接に結びつくしかない。

EUの事情は、差別化の可能性を検討する意味でも参考になる。例えば、イギリス酪農とイタリア(特に南部)の酪農には大きな生産性格差があるが、EUの市場統合にもかかわらず、各国の多様な酪農は生き残っている。ナポリの牛乳はリットル約200円で日本と変わりない。これは、イタリアのスローフードに象徴されるような地域の食材、地域の食生活を大事にする民族性により価格以外の差別化が可能になっているという点が見逃せないように思う。

こういう方向性は、かりに国際化による安い乳価との競争の時代となっても国産を差別化して生き残る道を提供し、さらには、日本からも、安全・安心・高品質の牛乳・乳製品の新たな販路をアジアに見出すことにもつながる。

付表1 日豪EPAによる国内生産の減少額の推計(農林水産省等による試算)

生産減少額 備考 追加的な補填必要額
小麦 ▲1,200億円 (▲ 99%) 1,000億円(品目横断的経営安定対策の財源不足)
砂糖 ▲1,300億円 (▲100%)(てん菜糖・甘しゃ糖計) 630億円(調整金収入の減少) 670億円(てんさい、さとうきび対策の財源不足)
乳製品 ▲2,900億円 (▲ 44%)(生乳) 900億円(加工原料乳価補填)
牛肉 ▲2,500億円 (▲ 56%) 300億円(肉牛経営の損失補填) 800億円(牛肉関税財源の減少)
コメその他 ▲6,000億円
▲14,000億円 計4,300億円
関連産業・地域経済の損失 ▲16,000億円
▲3兆円
自給率 40%→30%

注: 小麦、砂糖、乳製品、牛肉については農林水産省。それ以外は自民党による。

付表2 日豪EPAが北海道経済に与える損失(億円、北海道庁による試算)

品目 項目 損失額
肉牛 生産 422
屠畜場 34
その他 529
酪農 生産 2,369
乳業工場 3,176
その他 3,112
小麦 生産 852
製粉工場 179
その他 508
てんさい 生産 813
製糖工場 1,025
その他 697
合計 13,716

注: その他の影響には、運輸業やサービス、商業、金融、ガス、通信、建設等を含む。
資料: 日本農業新聞2006.11.29から転載。

(注)WTOの農業保護削減交渉に加え、日豪EPA交渉の交渉入りが決まり、国内的にも、経済財政諮問会議から、日本の農産物の国境措置撤廃の工程表を作成せよ、との指示が行われたり、日本農業は過保護だから譲るべきだと国内外から責められてばかりで、皆さんも何か後ろめたい気持ちになったり、元気をなくしてはいないだろうか。それは大変な間違いである。我々は何も悪くない。世界には本当に悪い国々がたくさんある。彼らの思うようにされるわけにはいかない。今回のWTO交渉でも、米国の国内保護(実質的輸出補助金)が世界からやり玉に挙がり、決着できなかったことは、この見解が正しかったことの証左といってよい。意を強くし、元気を出して、バランスの取れた農産物貿易ルールを確立し、日本農業・酪農の明るい未来を築いていかなければならない。実質的な輸出補助金が野放しである以上、関税削減は受け入れられない。

我が国は高い国境の防波堤と国内での手厚い価格支持政策に支えられた農業保護大国であると内外から批判されがちだが、国境の防波堤が高いというのも、手厚い価格支持政策に依存しているというのも、いずれも間違いである。

我が国の農産物の平均関税率は12%であり、農産物輸出国である欧州連合(EU)の20%、タイの35%、アルゼンチンの33%よりも低い。品目数で農産物全体の一割程度を占める最重要品目を除くと、野菜の3%に象徴されるように、他の農産物関税は相当低く、いわば、コメ・乳製品・肉類等、わずかに残されたものを守ろうとしているだけのけなげな姿だというのが実態ではなかろうか。

国内保護政策についても、コメや酪農の政府価格を世界に先んじて廃止したから、我が国の国内保護額は絶対額では米国の半分以下であり、農業総生産額に対する割合でみても米国と同水準になっている(しかも、米国は酪農の保護額を実際の4割しか申告せずに、表に出ない保護を温存している)。

消費者の求める品質・安全性に応えるべく国内生産者が努力した結果である「国産プレミアム」が、国際的な保護指標では、「非関税障壁」による内外価格差として算入され、国内外で誤用されている。

我が国の市場開放度の高さは、食料カロリーの海外依存度が60%という事実が端的に物語っており、そうした国が、残された最低限の一割程度の品目について、国家安全保障上の観点からも特別な配慮を求めることは当然の権利である。したがって重要品目に関する我が国の主張は、けっして国際的に批判されるべきものではない。

過度の関税削減を回避するための最大のポイントとして、日本提案の大きな柱の一つが「輸出国と輸入国の規律の公平性確保」であるように、市場アクセスの合意水準と撤廃対象となる輸出補助金の範囲をリンクさせるべきだという主張は合理的である。2013年までに全廃される予定の輸出補助金は「氷山の一角」であり、このままでは関税の低くなった日本市場に実質的輸出補助金による低価格農産物がなだれこむ不公平な貿易が認められてしまうことになりかねない。最近のWTOのパネル(紛争処理委員会)裁定は、カナダの用途別乳価制度、EUの砂糖制度、米国の農業政策の根幹をなす不足払い制度等を実質的輸出補助金と認定したに等しいのである。このことは、豪州のAWB(小麦ボード)や多くの国の砂糖輸出も含めて実質的輸出補助金が数多く放置されていることを意味する。我が国としては、それらを輸出補助金相当額として理論的・実証的に明示しつつ、一連のパネル裁定をWTO交渉本体での廃止されるべき「あらゆる形態の」輸出補助金の定義に反映することが合意されなければ、市場アクセスにおける合意も承認し難いと主張するくらいの対応が必要であろう。

しかしながら、例外品目の関税が500%や1000%でも無制限に高くてもよい、ということが認められる可能性は高いとは言えないのも事実である。いく つかの農産物輸出国について、世界的に最もセンシティブな品目である乳製品についてみてみると、カナダのバター300%、脱脂粉乳200%、EUのバター200%、米国のバター120%、脱脂粉乳100%、タイの脱脂粉乳220%、という具合である。したがって、上限関税が200%程度になる可能性はあると見込まれた。しかし、実際には、
日本:導入拒否
EU:100%
米国:75%
ブラジル:100%(先進国はさらに)

という具合で、特にEUが予想外に低い水準を提示したため、かなり低い水準で議論が進んでいることに注意しなくてはならない。

図1 様々な輸出補助金の形態と輸出補助金相当額(ESE)
資料: 鈴木宣弘作成。

8.牛乳・乳製品の日韓中共通市場化の可能性

普段我々が日本の9ブロックでの生乳・牛乳の移出入を当たり前のように思っている延長線上で考えれば、地理的には、それが韓国と中国沿岸部を含めた11地域に拡大しても自然なのであり、韓国や中国との生乳・牛乳の輸出入を「ありえない」ことのように考える方が不自然である。すでに、野菜等は、そういう産地間競争の時代に突入していることからしても、牛乳や畜産は例外という特別な理由があるだろうか。

(1)韓国や中国生乳・乳製品は日本に来るか?

韓国の生乳生産費は日本の6割の水準(44.5円/kg)である。費目別にみると、家族労働費の評価額のほかは、濃厚飼料費、素畜費の差が大きい(なぜ同じ米国からの輸入飼料で大差が生じるのかは検証すべき)。ただし、北海道については、飼料費に占める粗飼料の割合が韓国とほぼ同じで、飼料費にはほとんど差がない。韓国の生産者乳価は600ウォン(60円)(ただし、最近730ウォンまで上昇)で、九州までの輸送費が高く見積もっても10円程度だから、関税がなければ、70円程度で輸入可能であり、日本の飲用向け生乳価格90円をかなり下回る。かりに、日韓FTAに生乳が含まれたらどうなるか。最も近接する九州について影響を試算してみると、

韓国からの輸入量 21.4 万トン
九州の乳価 86.3円 → 72.3円 ▲16%
韓国の乳価 60円  → 62.3円 +3.8%
九州の生乳生産 数年のうちに 87.7 → 61.8 万トン ▲30%
韓国の生乳生産 234 → 241.8 万トン +3.3%

九州酪農にかなり大きな影響が出る可能性がある。

韓国の200万トン強の生産量は日本全体と比較すれば小さいという見方もあるが、産地間競争と考えれば、けっして小さな量だから問題にならないという議論はできない。

牛乳・乳製品が完全に例外にできたとしても、何百%の関税があるバターや脱脂粉乳と違い、生乳(未処理乳)はUR(ウルグアイ・ラウンド)前から自由化品目であり、関税率は現在21.3%。つまり、韓国の60円の乳価と10円程度の輸送費を考えると、現状でも輸入が生じてもおかしくない水準に近づいている。韓国は現状では日本向け生乳輸出は収支トントンの水準と判断している。その場合、家畜伝染病予防法上、生乳については非加熱なので、まず、日韓の家畜衛生当局で衛生条件を締結する必要。これが非関税障壁の問題と関連してくる可能性がある。韓国では、日本では認可されていない遺伝子組み換えの牛成長ホルモン(bST)が生乳生産に使用されているという問題も浮上。ただし、一方で、同様にbSTが認可されている米国から輸入されるアイスクリームやチーズはbSTを含むが、表示義務もなく消費者の口に入っている事実がある。

また、韓国の乳製品関税は40数%と我が国よりかなり低いため、加工原料乳市場が海外乳製品に奪われ、加工に向けられない余剰乳問題の解決が大きな課題。飲用比率が8割と高いのはそのためである。

しかし、かりに、中国も参加して日韓中FTAが成立し、生乳の衛生条件もクリアされたとしたら、どんなことになるか。そうすると、中国の「一人勝ち」となり、九州の生産は壊滅的打撃(8割減)を受け、中国から九州への輸入量は、125.7万トンに達し、韓国も大量の生乳を中国から輸入することになる可能性がある。中国の乳価は20円だから、21.3%の関税は全く役に立たない。これはFTA以前の問題である。

ただし、以上は、日中韓の生乳に対する消費者の評価が同じという前提での話である。問題は日本の消費者の韓国や中国の生乳に対する評価。「国産プレミアム」をある程度見込むことができれば、影響は大きく緩和されるであろう。牛乳は輸入が行われていないので比較できる現状データは存在しないが、九大生のアンケート調査(図師2004)によると、日本で180円の最も標準的な牛乳が、かりに韓国産、中国産だったら、いくらなら買うかという問いに対して、平均で、

韓国産 94.5 円 (「国産プレミアム」が85.5円、90.4%)
中国産 72.9 円 (「国産プレミアム」が107.1円、147.0%)

という回答が得られている。中国が製品レベルで70円程度で供給できれば、日本に買い手がいることにもなるが、とにかく、日本の消費者の国産への高い評価にさらに応え続ける努力に活路を見出す必要がある。

上記アンケート調査でも、多少安ければ海外の牛乳を飲むという価格志向派の大学生から、不安があるのでタダでも飲まないという主婦まで、回答には大きな幅がある。つまり、消費者の属性によって、比較的海外産に流れやすい人達と国産志向の人達がいる。これは、海外でも同様のはずであり、韓国や中国にも、日本の牛乳・乳製品の安全性・高品質に関心を持つ消費者は必ずいるであろう。

(2)日本の生乳・乳製品も韓国・中国へ

一方で、韓国には、北海道が30~40円程度のチーズ向けよりソウルへホクレン丸を向かわせる選択を懸念する見方がある。実は、これは日本側にとって、いま重要な選択肢。チーズ向けを増やすと、北海道のプール乳価が下がり、府県との乖離が広がる。チーズ向けを増やすより、府県向け生乳移送を増加するか、産地パックを拡大してパック牛乳の府県向け移送を増加する方がメリットがある。どこまで、北海道に我慢してもらえるか。これは、新たな「南北戦争」の火種で、府県にとっても大問題と認識すべし。

その一つの解決策として、ホクレン丸がソウルに向かうという選択肢。韓国の生産者乳価は73円に上昇しており、ソウルまでの輸送費15円程度、関税36%をかけても、35円程度のチーズ向け乳価よりは高い手取りが確保できる可能性。韓国はbSTを使用しているので、non-bST牛乳をキャッチ・フレーズにする選択肢も。

九州大学の狩野秀之助手の試算によれば、日韓の生乳の関税が撤廃された状況で、日本の9ブロックと韓国を合わせた10地域の産地間競争モデルを解くと、北海道から韓国への76.6万トンという大量の輸出の可能性が示唆されている。一方、韓国も、北海道を含む日本の各地域へ生乳を輸出する可能性が示されている。とくに、関東への22.4万トン、九州への16.4万トン、近畿への16.1万トンが大きく、総計90.1万トンが韓国から日本に輸出される。九州からも韓国に14.8万トンの輸出が見込まれるため、北海道からの76.6万トンと合わせると日本からも韓国に91.4万トンの生乳輸出の可能性があり、まさに、日韓生乳市場は「双方向貿易」(産業内貿易)になる可能性がある。

さらに、中国は、生乳者乳価は20円程度と非常に低いが、抗生物質検査も行われておらず、抗生物質入り生乳なので発酵せず、ヨーグルトも作れない状態だとの情報がある(牛乳を飲むと病気が治ると言っているうちに薬が効かなくなってくる)。上海人口1,400万人の7%、約100万人で、さらに増えつつある桁外れの富裕層は、高くても日本の野菜や牛乳を購入したいという(日本に輸出されている中国の野菜は食べずに)。実際、千葉県酪にも商談があった。だから、さらに九州等は、地の利を活かして、航空便の三分の一のコストで運べる高速の船便SSE(上海スーパーエクスプレス)等を活用し、non-ペニシリン牛乳をキャッチ・フレーズに上海で牛乳・乳製品を販売する選択肢も。こうして、日韓中は共通市場で「双方向貿易」になる。

他の乳製品輸出国は、直接・間接の輸出補助金をふんだんに使うことで、輸出や援助を成立させていることはよく認識する必要がある。特に、EU、カナダ、米国は手厚い保護の結果として生じた余剰をダンピング輸出している。豪州さえも自らの輸出補助金は認めないのである。なお、米国は、米国産の肉類や乳製品の海外での精力的な販売促進活動へも政府資金をかなり投入している。これも隠れた輸出補助金といえなくもないが、逆にいえば、我が国だけが、丸裸で戦うのは不公平で、他国を真似た輸出支援のさらなる拡充も必要であろう。

9.チーズ生産に過度の期待はできない

米国の牛乳・乳製品の中で、今も一人当たり消費量が増加しているのはチーズのみである。つまり、長期的にみて我が国の牛乳・乳製品の中で需要拡大の余地の最も大きいのはチーズである、というのは、牛乳・乳製品の消費において我が国より長い歴史を持つ欧米諸国の経験に照らしても、妥当な見通しだと思われる。しかしながら、だからといってチーズ向け生乳を増加させていけばよいということには短絡的には結びつかない。

チーズ乳価水準

我が国の2004年度のナチュラルチーズ輸入量は約21万トンで、生乳換算すると、約280万トンにも及ぶ。ナチュラルチーズは、すでに昭和26年に輸入が自由化され、現在の関税率は29.8%である。2004年度の輸入価格は生乳換算で26円、関税を加えても34円である(表3)。国際需給の逼迫で価格が高騰した2005年末でも、生乳換算で31円、関税を加えても41円である。

表3 最近のナチュラルチーズ輸入価格の推移

輸入ナチュラルチーズ
CIF価格
輸入ナチュラルチーズ
生乳換算価格
(CIF価格/13.43)
輸入ナチュラルチーズ
関税率
輸入ナチュラルチーズ
関税込生乳換算価格
(CIF価格×関税率/13.43)
円/kg 円/kg % 円/kg
2002年12月 351 26.14 29.8 33.92
2003年12月 341 25.39 29.8 32.96
2004年12月 361 26.88 29.8 34.89
2005年12月 421 31.35 29.8 40.69
2004年度 347 25.84 29.8 33.54

資料:j-milkホームページ。

すでに、このような大量の輸入が入ってきている中で、高品質の国産チーズをめざすとはいっても、輸入品に対抗するには、基本的には35円弱、最近の国際的な乳製品需給逼迫が一時的なものでなく中国の需要増等により長期的基調となるとしても40円程度の原料乳価レベルを念頭に置かざるを得ないであろう。

北海道の選択肢

10円程度の補給金を見込んでも、チーズ向け乳価はせいぜい45~50円である。この乳価水準での仕向けを増加するということは、北海道にとって、どういう意味を持つであろうか。

表4は、不正確さをお許しいただくとして、非常におおざっぱに、北海道の生乳販売の内訳と乳価を推定したものである。飲用向けは100万トン程度で、その内訳は50万トン程度が生乳で都府県に運ばれる分、残り50万トンは道内の飲用消費向けと、道内で飲用パックにされて都府県に移出される分が約半々程度である。乳価は、都府県移出分は特定乳製品向け(限度数量内で補給金対象)より若干高い程度、道内向けは都府県の飲用向け乳価と同程度と見込んだ。加工向けは280万トン程度あるが、約10円の補給金対象の特定乳製品向けが180万トン、残り100万トンがその他乳製品向けで、乳価は、それぞれ70円、60円程度と見込んだ。以上から計算すると、自家消費等を除いた販売総計380万トンでの現状の平均乳価は約70円とみられる。

表4 北海道の生乳仕向けの内訳と乳価のイメージ

生乳仕向量 乳価
万トン 円/kg
飲用 道外生乳移出用 50 75
道外パック移出用 25 75
道内飲用乳用 25 90
加工 特定乳製品向け 180 70
その他乳製品向け 100 60
生乳販売計 380 70

さて、北海道がチーズ向けの仕向けを大幅に拡大し、その他乳製品向けの乳価が平均45円程度に下落したとすると、それ以外の用途はそのままとした場合、北海道のプール乳価は4円強下がり、66円を少し下回ることが見込まれる。

表5 チーズ向けを大幅に増加した場合の北海道の生乳仕向け内訳と乳価のイメージ

生乳仕向量 乳価
万トン 円/kg
飲用 道外生乳移出用 50 75
道外パック移出用 25 75
道内飲用乳用 25 90
加工 特定乳製品向け 180 70
その他乳製品向け 100 45
生乳販売計 380 65.7

このように北海道のプール乳価は下がり、都府県との乳価の乖離が広がる。北海道としては、それより飲用の産地パックを拡大してパック牛乳の都府県向け移送を増加する方がメリットがある。すでに、北海道から、生乳ではなく、産地パックの形で送られた北海道牛乳が都府県市場に増大し、九州やその他の都府県産地の生乳需給に大きな影響を及ぼしている。北海道は、それをさらに増加せざるを得なくなる。ただただ北海道に我慢してほしいというのは無理がある。

加工原料乳価の下落は飲用乳価に波及する

チーズ向けを増やすということは北海道の加工原料乳価が次第に下がっていくことを意味するが、市場が競争的であれば、それは飲用乳価の下落につながることを忘れてはならない。

競争が自然体で行われるならば、北海道は生乳を加工向け(チーズ向け)に販売するか、輸送費をかけても都府県の飲用向けに販売するかの選択に迫られる。確かに、北海道はすでに現在でも限度数量内の特定乳製品の販売価格約60円に補給金を加えた約70円よりもかなり安いチーズ向け等にも販売しているが、その量がそれほど多くはないので、現状の都府県の飲用乳価について、おおよそ、

60(北海道の加工原料乳価)+ 10(補給金)+20(北海道から都府県への輸送費)

=90(都府県の飲用乳価)

の算式が、かろうじて成立しているのものと考えられる。

しかし、今後、チーズ向けの戦略的な拡大が行われると、この算式の「60(加工原料乳価)」で意識されるベースになる加工原料乳価が次第に下がっていくことは否定できない。もちろん、同じことは、WTO農業交渉の結果によっては、バター・脱脂粉乳等の特定乳製品の関税引き下げによっても引き起こされることも考えておかねばなるまい。

表6には、チーズ仕向けの増加等により加工原料乳の取引価格が毎年2円ずつ下落していく場合の影響の仮想的試算を示した。加工原料乳の取引価格がチーズ向けの高めの水準である40円程度にまで下落すると、現行制度における補給金(ゲタ)、激変緩和補填(ナラシ)を加えても、ホクレンの加工原料乳の受取乳価は53円強になる。都府県の飲用乳価は73円で、全国平均のプール乳価は68円程度と試算されている。生乳生産は700万トン程度に落ち、乳製品輸入が増加し、自給率は40%強にまで下がることが見込まれている。生乳過剰は確かに解消されるであろうが、これでは、自給率向上どころではない。

表7のとおり、実搾乳量ベースでの生乳生産コストは北海道で74円/kg、都府県で90円/kgであるから、北海道の加工原料乳の手取りが53円強、都府県の飲用乳価が73円という状況は、現状の生乳生産費レベルからすると、北海道にとっても都府県にとってもたいへんなことになる。このように、単純にチーズ向けを増やしていけばよいという議論には限界がある。

表6 チーズ仕向けの増加等により加工原料乳価が漸次下落していく場合の影響の仮想的試算

注: 加工原料乳の取引価格が毎年2円下落すると仮定。ゲタ=特定乳製品向け加工原料乳への補給金。ナラシ=生産者と政府が1対3の比率(生産者1kgあたり40銭、政府1円20銭)で基金を造成し、過去3年分の加工原料乳価の平均に比べて当年の加工原料乳価が下落した場合、その下落分の80%を、この基金から補填するという仕組み。

表7 生乳生産費の比較(平成16年、円)

生乳1kg当たり生産費 都府県 北海道
実搾乳量 89.64 74.03
3.5%脂肪換算乳量 79.74 63.94
8.3%SNF換算乳量 85.34 70.26

資料: j-milkホームページ。

10.選択肢を増やして手詰まり感を打破する

このような状況を回避するためには、いくつかの対策を有機的に組み合わせて、全体として選択肢を増やした生乳需給調整システムを構築し、閉塞感を打破する必要がある。我が国の牛乳・乳製品フードシステムへの「入」を可能な限り抑制し、システム内での循環、及び「出」を増やさなくてはならない。

政策的には、趨勢的な乳価下落の下では下支えにならないという現在の「ゲタ」と「ナラシ」の限界(図2参照)を克服するような伸縮的なゲタ(ある目標水準との差額を補給するシステム)の検討が避けられない。それから、

  • 全国9ブロック体制をさらに集約し、全国的な配乳調整と販売収入の分配ルールを策定する、
  • 酪農協の乳製品加工施設を充実し、余乳処理能力を高める、
  • 余剰乳製品を人道的見地から機動的に海外食料援助に振り向ける、
  • 国産牛乳・乳製品のアジア諸国への販路拡大に努める、
  • 環境にも牛にも人にも優しい循環型経営の遵守を支払い要件とする施策範囲をもっと広げる、

といった対策が必要であろう。

豪州との競争が、かりにも現実になった場合、また、中長期的には、韓国や中国との飲用乳をめぐる競争も視野に入れる必要があるのであるから、日本酪農がいくら規模拡大してコストダウンしても、どんなメガファームであっても、コスト競争では勝てる見通しはない。規制緩和さえしてくれれば、自分たちだけは従来路線の延長で生き残れると考えている大規模経営の経営者がいるとすれば、それは誤解していると思われる。

したがって、消費減退に歯止めをかけ、計画減産を単なる後ろ向きのものにしないためにも、我々が目指すべきは、環境にも牛にも人にも優しい草地依存型・地域資源循環型の酪農経営・乳業経営に徹して、消費者に自然・安全・本物の牛乳を届けるという食にかかわる人間の基本的な使命に立ち返ることである。それによって、まず、地域の、そして日本の消費者ともっと密接に結びつくことが第一であろう。そのことが、かりに国際化による安い乳価との競争の時代となっても、国産牛乳・乳製品を差別化して生き残る道を提供し、アジアに販路を見出すことにもつながる。

大規模化や経済効率の追求を否定するつもりは、まったくないが、それが、環境にも牛にも人にも優しく、消費者に自然・安全・本物の牛乳を届けるという本来の使命を果たしつつ進められなければ、これからは生き残れないであろう、つまり、本当の意味での経済効率を追求したことにはならない、ということである。

しかし、土地の制約が大きい我が国で、環境にも牛にも人にも優しい草地依存型・地域資源循環型の酪農経営を行うということは、限られた草地で飼養できる乳牛の数の制約から、現状よりも乳牛頭数を大きく減少させることを意味し、1経営当たりの存続に必要な収入の確保を困難にし、全体としては日本の牛乳・乳製品の海外依存度を高めることになりかねない。

そこで、それを打開するために、優良牛群による一頭当たり乳量の底上げが必要になるのである。放牧的な経営への方向と一頭当たり乳量の底上げとは一見矛盾するようではあるが、「無理のない」優良牛群の形成は、両者を両立させると考えられる。

過去40年間の我が国の搾乳牛一頭当たり乳量の推移を見てみると、1966年の約5,300kgから2005年の約9,000kgまで、ほぼ直線的に、着実に伸びてきている。もちろん、確かに草地依存型経営は、平均的には一頭当たり乳量が落ちる。北海道の天北農試等による天北地域の2001年の優良事例の比較データでも、舎飼経営の平均が8,600kgなのに対して、放牧経営は7,800kgとなっている。しかし、調査に協力した13戸の放牧活用経営の中でも、バラツキは大きく、放牧依存度が4割を超える経営でも、一頭当たり平均乳量が8,300kgを超える経営もある。

したがって、今後は、放牧型経営の一頭当たり乳量を無理なく底上げできるような牛群の形成、乳牛の改良を重点的に行うことによって、放牧型経営の一頭当たり乳量の増大を実現することが不可欠ではないかと思われる。

なお、窒素負荷を軽減する観点から、さらに付け加えるならば、現状では、飼料の70%が糞尿として排泄されてしまっていることに鑑み、糞尿面からみた飼料効率の高い乳牛への改良という観点を取り入れることも必要であろう。

図2 「ゲタ」と「ナラシ」の効果と限界

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