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広報「酪総研」

酪農現場の声

No.7 都市型酪農の活路を拓くジェラートショップの展開 東京都日野市 大木 聡

 最近の米国を中心とするバイオエタノール政策や豪州の干ばつなどの影響から、平成14年度に48,608円/t(税抜き)だった乳用牛飼育用配合飼料の価格は、平成19年7月現在63,150円/t(税抜き)まで高騰しています(農林水産省「農業物価指数」)。

 そのような状況のなかで、各々の酪農家は購入飼料費を削減するため、放牧導入や自給飼料の向上(量・質)を試みるケースが増えてきました。しかし、これらは"周囲に利用できる農地がある"ことが前提で、土地の制約が厳しい都市型酪農においては、それらを取り入れる余地はほとんどないといっても過言ではありません。

 今回ご紹介する百草ファームは、経営規模や自給飼料畑の拡大が難しい都市型酪農にジェラートショップ経営を取り入れて、酪農経営の収益性を向上させている牧場です。

百草ファームの変遷
大木 聡さん 百草ファームがある日野市は、東京都のほぼ中央に位置し、昭和以降、企業誘致や大規模団地の開発により住宅都市として発展を続けてきました。そのため、開発以前は農業を中心に栄えた日野市においても農業者世帯は激減し、今では総世帯数に占める農家世帯数の割合は0.5%にまで落ち込んでしまいました(グラフと統計でみる農林水産業:http://www.toukei.maff.go.jp/shityoson/index.html)。その日野市において、今なお1戸だけ残る酪農場が百草ファームなのです。

 百草ファームは、水稲と養蚕業を営んでいた国郎さん(聡さんの父親)が、昭和30年代前半に近隣の酪農家から乳牛1頭を購入したのが始まりでした。その後12〜13頭搾乳の規模を維持しながら経営を続けてきましたが、平成14年の聡さんの就農を機に増頭し、19頭(うちジャージー2頭)を搾乳する現在に至ったのです。

アルティジャーノ・ジェラテリアジェラートショップ構想
 しかし牧場の立地条件からこれ以上の規模拡大ができる状況にはなく、今後、酪農だけでさらに収入を増やせる状況ではありませんでした。そこで国郎さんの長年の夢でもあった自家産生乳を使用した乳製品の製造販売に踏み切ったのです。そして数多くある乳製品の中から選んだのが"ジェラート"。その理由を聡さんは、「幅広い世代に支持されているのがアイスだと思う。作りやすさや収益性を考えてもアイスクリーム類は有利」と語ってくれました。

 そして平成16年3月、東京都が実施する「活力ある農業経営育成事業」を活用して完成したのが、ジェラートショップ「アルティジャーノ・ジェラテリア」(イタリア語でアルティジャーノは「こだわり」や「職人」、ジェラテリアは「アイスクリーム屋」の意味)です。

 その店舗の立地は交通量が多い幹線道路と私鉄に挟まれた好条件の場所にあり、キング式牛舎に似せた店の装いや、週末を中心に店舗脇に放牧される子牛はたくさんの人目を引きやすく、集客に貢献しています。また近隣には梅の名所「京王百草園」もあり、梅のシーズンになると店舗に立ち寄る百草園の観光客も多く、長蛇の列ができるなど開店当初から順調な運営が続いているといいます。

牧場独自のジェラートへのこだわり
 大木さんがジェラート作りでこだわったのが、牧場の生乳独特の味を引き出し、それをメインに売ること。そのために多くの酪農家が経営するアイスクリームショップに足を運び、さまざまなことを学んできたといいます。その末に完成したのが、コクがありながら口どけがよく、さっぱりとした、大木さん独特の味に仕上がったジェラートでした。

 しかし、そのこだわりにも理論に基づく理由があったのです。大木さんは、「もともとミルク味のジェラートに他の味を加えるということは、さらにコストを追加するということ。同じ金額で売るなら、ミルク味のジェラートが売れ筋になれば、それだけ利益が生れる」と考えたのです。

 同時に地元で採れる農作物を利用したジェラートにもこだわり、自家産のサツマイモやベニイモそしてカボチャを使用したものや、地元で採れるイチゴ(春)、ブルーベリー(夏)、ナシのシャーベット(秋)、リンゴ(冬)などの果物を、収穫期にあわせて利用することで季節感を織り込むよう工夫を凝らしています。

 その試行錯誤の末に出来上がったジェラートのレシピは、試作も含めると80種類にも及ぶといいます。また今では店の主力商品となったミルク味のジェラートは、通常の2倍の大きさがあるバッドを使っても、1日に2〜3回製造しなければならないほどの人気商品になりました。そして営業開始以来、まだ売れ残りによる製品の廃棄処理を一度もしたことがないというのは特筆すべきことといえるでしょう。

順調な運営の裏にあるもの
 このような創意工夫により、開店当初から好調な運営を続けている大木さんのジェラートショップですが、実は、その裏には聡さんの異業種での勤務経験が生かされているのです。

 聡さんは就農前、ガソリンスタンドでの19年間の勤務経験を持っています。大学在籍中に始めたアルバイトがきっかけの就職でしたが、新規店舗の立ち上げや経営不振店舗の立て直しなどを任されるマネージャーとして活躍するなかで、店舗運営や集客・接客技術を身に付けていたのです。

百草ファームの外観と牛舎を見入る人たち 例えば、"店そのものを看板にしてしまう"という発想から牛舎を模した店舗にしたり、店舗から私鉄の線路に向けて照明付きの看板を自作したり、百草園に来た観光客を牧場や店舗に誘導するため道端に看板を設置し散策コースに仕立てたりという発想も、ガソリンスタンドの勤務経験により得た知恵といえるでしょう。このことについて大木さんは、「もし店舗を経営するにしても、異業種を経験していなかったら、たとえお客さんが来ても、素直に『いらっしゃいませ』と頭を下げることもできなかったかもしれない」と異業種で身に付けた経験の強みを語ってくれました。

酪農部門とジェラートショップの関係
 では、百草ファームにおける酪農部門と店舗部門の経営状況はどのようになっているのでしょうか。

 現在、百草ファームの酪農部門は、聡さんの就農に併せて増頭した導入牛資金の償還、乳代の低迷、購入飼料の高騰、牛舎内設備の修繕費などが嵩み、残念ながら赤字の状態にあり、それを店舗経営の利益で補填している状況だといいます。

 この状況は、今年度中に導入牛資金の償還が終わるため、次年度には酪農部門の収支は改善に向かう予定ですが、この例からもジェラートショップの貢献度を窺い知ることができます。大木さんは、「うちは店と酪農を併せて、トータルで収支が合えば良いと考えている。店舗を持つと酪農を専業でやっているより発想も手段も広がり、それがゆとりにつながる」と語り、酪農と乳製品加工・販売という2つの柱から成る経営体の優位性をうまく引き出していることがわかります。

都市型酪農における乳製品加工・販売の位置付け
 大木さんは店舗部門の導入の効果について、「うちは搾乳牛が19頭だが、店舗の売上も含めると50頭搾乳と同等の規模になる。しかも店舗は酪農より支出が少ないので、より利益が得られる」と、順調な店舗経営は規模拡大による増頭以上の効果をもたらす可能性を秘めることを示してくれました。しかし同時に、「だからといって店ばかりを気にするのではなく、牛がいるからこそ店が持てることを忘れてはならない。そう思うと酪農部門も粗末にはできない」と補足。酪農と店舗の補完関係も重要なことを語ってくれました。

 このように土地の制約が厳しい都市型酪農においても、乳製品加工・販売の導入は経営発展の有効な選択肢の一つになると考えることができるのです。

都市住民と都市型酪農の関係
 次に地域の住民は、酪農にどのようなイメージを持っているのでしょうか。

 都市型酪農といえば臭いをはじめとする諸事情から、何かと近隣住民との関係が難しいとイメージする人もいるかもしれません。しかし百草ファームの近隣の住民や牧場を訪れる人たちは、「昔、こんな臭いをかいだことがあるし、なつかしい」とか、「牧場なんだからある程度の臭いは当たり前」など、牧場のマイナスイメージであるはずの臭いについて肯定的な意見が多いといいます。

 これは乳牛に生菌製剤を投与するなどの悪臭対策によって臭いをできる限り抑えたり、牛舎の外観をホルスタイン模様にすると同時に牛舎の道路わきに子牛を繋いだりすることで、市民に開放的な牧場に努めた結果といえるでしょう。あわせて酪農教育ファームへの加入や地元小学校の総合学習による牧場見学を積極的に受け入れるなど、地域との繋がりを大切にしてきたことで、今や大木さんの牧場は地域のオアシス的な存在だといいます。また、そんな牧場が経営するジェラートショップともなれば、その話題性から地域の情報誌やテレビなどにも多く取り上げられるのも必然的といえるでしょう。

 この百草ファームの事例から察するに、都会における牧場は、経営主の発想と行動力次第で、酪農が持つマイナスイメージをも払拭してしまうほど貴重な存在になり、単に牛乳を生産するだけの"産業"から、その地域に欠かせない"コミュニティ"の一部にもなりえる可能性を秘めていることが窺えます。

 以前の酪農経営は、国際競争力を身に付けるため、そしてより収益を確保するために、皆が等しく規模拡大や省力化投資という方向に向かって進んでいました。しかし、今では、それぞれの酪農家がそれぞれの経営基盤(条件)や人生・価値観をさまざまな形で表現しようと、独自の経営スタイルを持ち始めています。その具体例が放牧酪農やメガファーム、そして交流牧場や今回紹介した乳製品加工・販売です。そのなかでも消費者との距離が近い都市型酪農は、交流牧場や乳製品加工・販売に優位で、努力次第では今まで以上の収益確保が望め、そして地域住民から支持され続ける牧場になる可能性を秘めているといえるでしょう。酪農主産地と比べれば何かと制約が厳しいと思われる都市型酪農ですが、大木さんの活躍ぶりを目の当たりにすると、都市型酪農にもまだまだ生き残る術が残されているのだと希望が感じられる今回の取材でした。

(アルティジャーノ・ジェラテリアHP:http://www.artigiano-gelateria.com/