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No.8 豪州酪農の生産力と輸出力―日・豪EPAが国内乳製品市場に及ぼす影響に関する一考察― 雪印乳業梶@酪農総合研究所 研究G 担当課長 並木 健二

 わが国と豪州は2007年4月23日、FTA(自由貿易協定)を中核とするEPA(経済連携協定)の締結に向けた交渉を開始した注1)。これは、わが国にとって初めての農業大国とのEPA交渉ということもあり、正式な交渉の開始前から豪州産農産物の輸入自由化を牽制する活動が活発化した。とくに、農林水産省を始めとする農業関連組織は、牛肉、乳製品、小麦、砂糖の4品目の関税撤廃が、農業ばかりではなくその関連産業や地域経済にも大きな打撃を与えかねないと、日・豪EPA交渉の成り行きに危惧の念をもって注目してきた注2)
 農林水産省がこの4品目の関税に固執するのは、それが撤廃あるいは大幅に削減された場合、豪州からの輸入が大幅に拡大するという可能性を強く意識してのことであるが、その理由として次の点を指摘している。すなわち、これらの品目はいずれも豪州において、わが国の市場を満たすだけの生産力と輸出力があることに加えて、品質面において国産と豪州産が競合すること、価格面においては豪州産が圧倒的に安価であること、さらに原料農産物のみならずその製品の関税も撤廃された場合、国産品と競合が生じること等である。
 しかし、農産物の貿易自由化交渉については、その進展の是非をめぐり意見が割れていることも見逃すことができない。とくに、食料安全保障問題に関しては真っ向から対立する意見が存在する。農林水産省など農業関連組織が国内農業をある程度保護しながら自給率を高めようとしているのに対して、経済財政諮問会議(議長:内閣総理大臣 安倍晋三)では農業大国とのEPA締結などで食料輸入先の確保を優先すべきだという意見が優勢となっている注3)
 そこで本稿では、豪州農業の市場競争力、とくに酪農の生産力と輸出力に焦点を絞り、日・豪EPA締結がわが国乳製品市場に及ぼす影響を検討するための資料を提供することを課題とする。具体的には第1に、豪州酪農の現状を概観し、第2に国際乳製品市場の実態を分析したうえで、わが国との関係を中心に豪州による乳製品貿易の特徴を明らかにする。最後に、2000年の酪農・乳業制度改革の結果をも踏まえて、日・豪EPA締結による影響について若干の考察を加える。

1.豪州酪農の現状
1)豪州農業の概要
 豪州では国土面積の約6割に相当する4億4,700万haを農用地が占めているが、年間を通じて降水量が少ないため、大半は永年牧草地(自然草地)となっており、それは家畜の放牧に供されている。農場数は1997年まで減少傾向で推移していたが、その後増加傾向に転じて、2002年現在では約12万戸となっている。1農場当りの農用地面積は3,725haで、1.7haにすぎないわが国の約2,200倍である(表1参照)。

表1 国土の農業利用面積の日・豪比較(2002年)
資料:FAO作成資料、ABARE「Australian Commodity Statistics 2004]、農林水産省「農業構造動態調査報告書」
 注)比率は各農業利用面積が国土全体に占める割合である。

 豪州農業の主要作目は、小麦、サトウキビ、肉牛、酪農、羊などであるが、専業経営のみならず穀物と畜産の兼業経営も多く、農業従事者の約8割が何らかの形で畜産経営に携わっている注4)。2003/04年度の農業粗生産額に占める品目別割合は、肉牛・牛肉(生体輸出を含む)が18.7%、小麦が15.7%、牛乳・乳製品が7.9%、その他畜産物が7.4%、羊毛が6.7%、羊・羊肉が5.7%などとなっている注5)
 豪州の農業は、GDPで全体の3.3%(2003/04年度)、就業人口で全体の3.4%(同)と、他の先進国同様にその占める比率は必ずしも高くはない。しかし、総輸出額に占める農産物の割合は23.9%(2003/04年度)で、47.4%を占める鉱物資源(同)に次ぐ位置を占めており、これは豪州経済において農業が重要な産業であると認識される要因の一つとなっている。2005/06年度における豪州の農産物輸出額の品目別構成は、牛肉の15.4%、小麦の11.9%、ワインの10.0%、乳製品の9.3%、羊毛の9.2%などである注6)。ほとんどの品目が、国際価格に影響を及ぼすだけの市場シェアを占めているわけではなく、むしろその輸出額は国際市況の影響を受けやすい構造となっている。
 豪州政府は、GATT・ウルグアイラウンドにおいてケアンズグループ注7)のリーダーとして国内保護の撤廃等を主張し、それに続くWTOの場でもEUや米国の補助金付き農産物輸出を強く非難してきた。さらに近年では、低迷しているWTO農業交渉から、FTAの締結を目的とした自由貿易交渉に比重を移しつつある。現在、わが国との間で展開されているEPA締結のための交渉も、その取り組みの一例と言えよう。

2)豪州酪農の概要
 豪州における酪農は、放牧を主体とする経営が大部分であるため、ビクトリア州を中心として気象条件が牧草の生育に有利な沿岸地域に集中している。乳用経産牛の飼養頭数は、1957年の345万頭をピークに減少を続けてきたが、1992年に増加に転じた後はおおむね増加基調を示し、近年では200万頭強の水準で推移している。表2は、豪州における乳用経産牛の飼養頭数の推移を示しているが、州によって大きな格差がみられる。ビクトリア州(VIC)の1,280千頭、ニューサウスウェールズ州(NSW)の245千頭、クイーンズランド州(QLD)の145千頭、タスマニア州(TAS)の135千頭などである。

表2 豪州における経産牛の州別飼養頭数の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」
 注)1979/80〜1999/00は3月末現在、2000/01〜2005/06は6月末現在の飼養頭数である。


図1 豪州の酪農家戸数と乳牛飼養規模の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」

 酪農家戸数は長期にわたり減少傾向にあり、2004年に初めて1万戸台を割る9,611戸となり、その後も漸減している(図1参照)。近年、この減少にいっそう拍車をかける2つの問題が発生した。一つは2000年7月に実施された酪農制度改革である。この制度改革により、豪州酪農は生乳の生産・流通に関する一切の規制を廃止し、酪農家は名実ともに自由競争市場で鎬(しのぎ)をけずることになった。いま一つは、2002/03年度に発生した深刻かつ広域の干ばつである。この干ばつによる被害は、豪州酪農家の80%に及んだと言われている注8)
 しかし、図1に示したように、酪農家1戸あたりの経産牛飼養頭数は経営規模の拡大にともない年々増加し、2004年には200頭台になり、その後も増加傾向を示している。この過程で1990年代に入ると生乳生産量が、GATTのウルグアイラウンド合意による乳製品輸出機会拡大への期待を背景として急増した。しかし、2002/03年度に発生した干ばつの影響で経産牛飼養頭数が減少し、その回復の遅れから生乳生産量は、2001/02年度に初めて記録した1,100万j台を割り、その影響は長期化する様相を呈している。なお、経産牛1頭当りの乳量は5,000kl前後で安定的に推移しており、このことは豪州酪農の生乳生産量の増加にとって、経産牛飼養頭数の回復が如何に重要であるかを物語っている(図2参照)。

図2 豪州の生乳生産量と経産牛1頭当り乳量の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」

3)乳製品の需給構造
 豪州における乳製品の供給構造は、長期的な国際的需要変化を反映して、バターと脱脂粉乳を中心とする形態から、チーズと全脂粉乳を中心とする形態へと変化しつつあると言われている注9)。図3は、豪州におけるチーズとバターの輸出価格(FOB)の推移を示している。1983年頃からバターに対するチーズの相対価格が上昇しているが、これは豪州における供給構造の変化を引き起こした要因の一つであると言っても過言ではなかろう。

図3 豪州産チーズ・バターの輸出価格の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」
 注)年度は7月〜6月で、輸出価格はFOBである。


図4 豪州における乳製品生産量の推移(94/95=100)
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」

 しかし、乳製品の総生産量は2002/03年度の干ばつを契機に減少傾向に転じている(図4参照)。この間における主要乳製品の生産量を品目別にみると、チーズは2001/02年度に412千t、バターは1999/00年度に110千t、脱脂粉乳は1998/99年度に255千t、全脂粉乳は2001/02年度に239千tに達したあと減少している。また表3は、豪州産乳製品の需給構造を品目別に示している。チーズは生産量の最も多い品目であるが、国内消費量も多く、輸出に仕向けられる割合は5割強の水準で安定的に推移している。バターも国内消費が比較的多い品目であり、輸出割合は近年低下する傾向がみられる。脱脂粉乳と全脂粉乳は生産量に対して国内消費量が少なく、そのほとんどが輸出されている。チーズの副産物であるホエイはチーズの増産にともない生産量が増加しているが、大半は輸出に仕向けられている。

表3 豪州産乳製品の品目別需給構造の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」
注1)国内消費量=国内生産量+輸入量−輸出量、輸出割合=輸出量/国内生産量
 2)全脂粉乳の輸出量には育児用粉乳を含んでいるため国内消費量に異常値がみられる。

2.豪州産乳製品貿易の実態
1)国際乳製品市場の概要
 表4では、世界の乳製品の生産量と輸出量を地域別に示している。バターの生産量ではインドとEU(25カ国)が突出しているが、輸出量はニュージーランドとEU(25カ国)が多い。これは、インドにおけるバターの自家消費量が多いことと、バター貿易におけるニュージーランドとEU(25カ国)の果たす役割の大きさを示している。
 粉乳の生産量は世界各地域に分散しているが、とくに多いのはEU(25カ国)、ニュージーランド、米国である。粉乳は生産量に対する輸出量の比率が高い、換言すれば、貿易の活発な乳製品であるが、バター同様にニュージーランドとEU(25カ国)の果たす役割が大きいことがわかる。
 チーズの生産量ではEU(25カ国)と米国が突出している。チーズは他の乳製品に比べて貿易に供される割合が少ない、つまりオセアニアの2カ国を除けば、自家消費を目的として生産される乳製品であると言える。このような中でEU(25カ国)、ニュージーランド、豪州の輸出量が比較的多い。

表4 世界の乳製品貿易の概要(2006年)
資料:USDA(http://www.fas.usda.gov.psd/)
 注)粉乳は脱脂粉乳と全粉乳の合計である。

2)豪州産チーズ貿易の特徴
 最近になって、国際チーズ市場は生産量に比べて貿易量が少ない、いわゆる「薄い市場」であることを露呈した。2005年頃よりナチュラルチーズの国際市場価格が高騰し、輸入のプロセスチーズ原料に大きく依存しているわが国は、製品の供給価格を引き上げざるをえない状況に追い込まれたのである。この背景には、すでに述べたように酪農主要国である豪州で断続的に発生した干ばつによる生乳生産量の減少と、経済発展の著しい東アジア地域での乳製品需要の増加がある。
 表5は、豪州によるチーズの輸出量を地域別に示している。表4で見たように、チーズの輸出量はEU(25カ国)が495千tで最も多く、次いでニュージーランドが260千tで、豪州は202千tで3番目に位置している。このような状況の中で、豪州産チーズの輸出先はアジア、とりわけ全体の約4割を占めるわが国が突出しているのである注10)。また近年になって、輸出先がEU(25カ国)からアジア各国とサウジアラビアを中心とする中東地域へシフトしつつあることがわかる。さらに、かつては一時的な輸出先の調整、つまりわが国への輸出量が減少した時にはヨーロッパへの輸出量を増加させるという傾向が見られたが、近年になってアジアや中東の域内で調整しているという事実を見逃すことはできない。

表5 豪州によるチーズの地域別輸出量の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」

3.酪農・乳業制度改革の概要
1)制度改革の経緯
 豪州の酪農・乳業は、1973年の英国のEEC(現在のEU)加盟により、最大の乳製品輸出市場を失ったことで壊滅的な打撃を受けた。この状況を打破するために、財政支出をともなう加工原料乳の価格支持を制度化したが、それが政府の大きな負担となっていた。そこで、この財政的負担を軽減するため1986年に、生乳課徴金制度(ケリン・プラン)を導入し、酪農家自らが価格支持のための財源を負担する方法に改めた。
 さらに、その後の制度改革によって、州ごとに定められた制度の下、飲用向け生乳比率が高い州には周年生産に重点をおいた飲用乳生産割当を導入し、飲用向け乳価を高水準に維持するため他州からの生乳流通を制限する行政措置をとった。他方、加工原料乳に関しては、連邦政府が飲用向け生乳と国内向け加工原料乳に生産者課徴金を課し、これを財源としてすべての加工原料乳(国内消費向けと輸出向け)に対して一定の補填金を支出してきた。そして2000年7月に実施された制度改革では、豪州国内における酪農・乳業の生産および流通に関する一切の規制が廃止された。

2)制度改革の影響
 2000年の州政府による酪農・乳業制度改革にともなう飲用原料乳の生産割当、価格支持、流通規制の撤廃と、加工原料乳の補填金交付制度の廃止は、酪農家の受取乳価に大きな影響を及ぼした。とくに、飲用乳生産割当の恩恵を享受していたクイーンズランド州、ニューサウスウエールズ州、ウェスタンオーストラリア州で乳価の低下が著しく、後に言及するように酪農経営にも大きな影響が及んだ注11)
 図5で制度改革前後における乳価の変化をみると、ウェスタンオーストラリア州で7.7豪¢/(22.4%)、クイーンズランド州で6.1豪¢/(16.6%)、ニューサウスウエールズ州で3.5豪¢/(10.7%)低下しているのがわかる。なお、2005/06年度にみられる乳価の上昇は、高騰する乳製品の国際市場価格を反映している。

図5 豪州の主要乳業による州別支払乳価の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」
 注)制度改革前の1999/00年度の数値は飲用向けと加工向けのプール乳価である。

表6 豪州における州別酪農家戸数の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」

 豪州の酪農家戸数について、制度改革前の1999/00年度と改革後の2000/01年度とを比較すると、全国平均では8.2%減少している。これに対して、ニューサウスウエールズ州では19.4%、クイーンズランド州では15.5%、ウェスタンオーストラリア州では14.3%と減少率が全国平均を大きく上回っており、これらの州での制度改革の影響が深刻であったことを物語っている(表6参照)。
 このように急激な酪農家戸数の減少にともない豪州の生乳生産量は、改革の前後で2.8%減少した。しかし、翌年度には加工原料乳地帯であるビクトリア州では7.8%、タスマニア州では10.2%と著しい増産がみられた(表7参照)。この両州にとっては、制度改革による生乳流通の自由化と、それに伴う酪農家の受取乳価の上昇(図5参照)とが増産誘因として機能したと言えよう注12)

表7 豪州における州別生乳生産量の推移
資料:Dairy Australia「Australian Dairy Industry In Focus 2006」
 注)下段の数値は1999/00年度を100とした指数である。

4.日・豪EPA締結による影響
1)豪州酪農の将来見通し
 すでに述べたように、豪州での酪農・乳業制度改革(2000年)と干ばつ(2002年)は、その生乳生産力に大きな影響を及ぼした。さらに豪州では2006年後半から、年間降水量が1900年以降最低の地域も出るほどの大干ばつに見舞われた。今回の干ばつは、主に東部州(QLD州南部、NSW州、VIC州、SA州)を中心に広がり、穀物の生産や牧草の生育に大きな影響が出ている。その結果、豪州の生乳生産の6割以上を占めるVIC州では当初、近隣のTAS州への乳牛の移動や他国への生体輸出により飼養頭数を削減する動きが見られたが、これらの対応も限界に近づき、乳牛の早期淘汰や飼料給与量の削減、さらに廃業を決断する酪農家も出始めたという注13)

図6 豪州の生乳生産量とチーズ生産量・輸出量の中期見通し
資料:Peter Berry, John Hogan 'dairy outlook to 2011-12' "Australian Commodities"

 豪州農業資源経済局(ABARE)が主催する「農業観測会議」の中期見通しによると、乳牛の飼養頭数が干ばつ以前の水準まで回復するのは2010/11年度以降であるという注14)。図6には、同会議が公表した豪州の生乳生産量とチーズ生産量・輸出量の予測値を示した。生乳生産の回復にともない、チーズの生産量と輸出量も緩やかな増加傾向に転じることが見込まれている。しかし、2011/12年度の生乳生産量は10,625千jで、過去最高水準である11,271千j(2001/02年度)の94%に、チーズの生産量は385千tで同412千t(2001/02年度)の93%に、その輸出量は202千tで同227千t(2004/05年度)の89%に回復するに過ぎない。

2)わが国酪農・乳業の展望
 近年、世界の食料需給状況が大きく悪化するのではないかという懸念が広がっている。中国注15)などの急速な経済成長や発展途上国の爆発的な人口増で食料需要が急増していることに加えて、環境問題や資源枯渇への配慮を背景に穀物をバイオ燃料注16)に振り向ける動きが活発化しているためである。さらに、地球温暖化が農業生産に与える影響も危惧されており、食料自給率の低いわが国は、将来に向けて食料の安定確保のための新たな戦略を迫られている。
 さらに2006年秋には、「マグロが食卓から消える」というセンセーショナルな見出しが、“マグロ大国日本”を襲った注17)。日本人が1年間に食べるマグロの量は約55万tで、世界の漁獲量の4分の1を占めているが、近年、わが国の商社が海外のバイヤーに“買い負け”し、日本向けに充分な量が確保できない事態が相次いでいる。一方で、わが国最大の遠洋マグロの基地である宮城県気仙沼では、マグロ船主が次々と廃業し、大量の船員が船を降り、遠洋マグロ漁が存亡の危機に立たされているという。このような国際的な食料需給構造の変化のもとで、乳製品だけは例外であると断言できるだろうか。国内の生乳生産基盤が脆弱化しつつある状況下で、わが国が将来、乳製品の“買い負け”という事態に遭遇することが懸念される。
 図7は、わが国におけるナチュラルチーズの輸入価格の推移を示している。わが国は過去15年間に、2度にわたる輸入価格の上昇局面を経験しているが、2004年を基点とする今回の上昇はこれまでとは違う問題を示唆している。これまでの輸入価格の変動は、その要因の大部分を為替レートの変化によって説明できた。しかし、2003年度以降に着目すると明らかなように、両者の連動した動きにタイム・ラグ、つまり為替レートが下降(円高)局面にある間に輸入価格の上昇が見られる。これは、輸入価格の上昇が、為替レートの変化に連動した一時的なものではなく、国際市場における需給バランスの変化にともなう構造的なものであることを示唆している注18)
 また図8に示したように、わが国は後年次になるほど、チーズの調達をオセアニア、とくに豪州に大きく依存している。しかし、本稿での考察を通じて豪州酪農が有する生産力と輸出力の不安定性と限界性が明らかになったばかりではなく、わが国のチーズを中心とする乳製品調達のあり方を見直す必要性が徐々に強まってきた。換言すれば、豪州酪農に過度の期待を寄せることが困難になりつつあることは明らかであり、わが国における生乳生産基盤の持続的発展と乳製品の国産化の意義が明確になったと言えよう。

図7 ナチュラルチーズ輸入価格(CIF)と為替レートの推移
資料:酪農乳業速報「日刊酪農乳業速報」 資料特集68より作成。
 注)為替レートは対米ドル(TTS相場)である。

図8 わが国のナチュラルチーズ輸入量の国別比率
資料:財務省「日本貿易月報」
 注)EUは1975年までEC、2004年5月に15ヵ国から25ヵ国となった。

注)

  • 日・豪EPA締結交渉第1回会合は4月23日及び24日、キャンベラ(外務貿易省)において開催された。今次会合では、交渉の手続き及び交渉範囲を含む交渉の枠組みについて議論が行われ、両国代表団の間で認識を共有した。一部の分野については、専門家間での意見交換も行われた。次回(第2回)会合は、7月末頃に東京で開催することとなっている。
  • 農林水産省パンフレット「日豪EPA/FTAの交渉に当たって」。
    関税が撤廃された場合に予想される影響として、輸入額が多い4品目の生産額は牛肉2,500億円(56%)、乳製品2,900億円(44%)、小麦1,200億円(99%)、砂糖1,300億円(100%)も減少すると試算されている。
  • 経済財政諮問会議(EPA・農業ワーキンググループ第一次報告「EPA交渉の加速、農業改革の強化」)では、「我が国の食料自給率の引き上げには限界がある一方で、‥‥‥輸入による安定的な食料供給をどのように確保していくかは、我が国にとって喫緊の課題であり、EPAはその有力な手段と考えられる」と、食料安全保障に関する見解を示している。
  • 小林信一「“牧草だけで育てる”は過去のもの」DAIRYMAN 2007-7。
    土壌の肥沃度という点も含め、農業には必ずしも適していない土地で、豪州の農家は自然災害に襲われることを前提とした農業経営方式を取り入れている。例えば、穀作が可能な農業地帯でも、羊・肉牛生産や酪農を組み合わせた混合農業によって危険分散を図っている。
  • ABARE「Australian Commodities」
  • ABARE「Australian Commodity Statistics」
  • ケアンズグループ(Cairn Group)は、カナダ、豪州、NZ、チリ、アルゼンティン、ウルグァイ、タイ、フィリピン、フィジー、南アフリカ等(18カ国)の輸出補助金を交付しない、主だった農産物輸出国で構成されている。
  • 農畜産業振興機構『畜産の情報』海外編、2006年6月号。
  • Dairy Australia「Australian Dairy Industry in Focus 2006」
  • 豪州と同様、チーズの輸出量が多いニュージーランドでは、全体の約20%(金額ベース、2005年)を日本へ輸出している。
  • 農畜産業振興機構『畜産の情報』海外編、2006年1月号。
  • 小林信一「“牧草だけで育てる”は過去のもの」DAIRYMAN 2007-7。
    この度の制度改革は、直接的には酪農主産地であるビクトリア州が加工原料乳の補填金交付制度からの離脱を表明したことによって確定した。それは国際競争、とくにNZとの競争を懸念していたビクトリア州の酪農業界が、補填金交付制度の廃止というコストを払ってでも、飲用乳市場を拡大する路線に転換した方が得策であると判断したからにほかならない。
  • 農畜産業振興機構『畜産の情報』海外編、2006年6月号。
  • Peter Berry, John Hogan‘Dairy Outlook to 2011-12’“Australian Commodities”
  • 世界の穀物取引の中心である米シカゴ商品取引所では、2006年後半からトウモロコシ、小麦、大豆の価格が急騰している。とりわけ、世界の穀物需要を押し上げているとみられるのは経済成長が続く中国である。所得水準の向上で中国の肉類、油脂類、魚介類の1人当たり消費量は1990〜2003年の間にほぼ倍増したと言われている。一方、穀物生産は伸び悩み、中国は2004年に農産物の純輸入国に転じた。食料の大半はまだ自給を維持しているが、大豆の年間輸入量は約3,000万トンで世界最大である。農村部の食生活が都市部のそれに近づくと、食料消費はさらに増えるとの予想もある。また、インドをはじめ発展途上国の人口増も、世界の食料需給に大きな影響を及ぼす可能性が高い。
  • ブッシュ米国大統領は2007年1月の一般教書演説で、10年後に米国のガソリン消費量を20%削減し、トウモロコシを原料にしたバイオエタノールなどの代替燃料を年間約1,300億i供給する目標を掲げた。これは、2006年のバイオエタノール生産量の7倍に相当し、地球温暖化対策であると同時に、原油の中東依存からの脱却を目指す安全保障戦略でもあるという。これを受け、シカゴ商品取引所のトウモロコシ価格は2007年2月に前年のほぼ2倍に達した。米国のトウモロコシ輸出量は世界の総輸出量の約7割を占めることから、価格高騰のあおりは、トウモロコシを主食とする20カ国以上の国々に及んだ。メキシコでは、主食トルティーヤ(トウモロコシ)の価格が6割も上昇し、75,000人以上の抗議デモが起きるなど社会問題に発展した。
    アースポリシー研究所レスター・ブラウン所長によると、かつての“世界のパンかご”は、いまや“米国の燃料タンク”になりつつある。食料とエネルギー経済は一体となり、自動車を持つ8億人と飢餓にあえぐ20億人との間で、穀物の奪い合いが始まったという。家畜飼料も値上がりし、その影響はわが国の畜産経営にも及んでいる。今のところ、わが国の畜産物価格には転嫁されていないが、飼料穀物の高値が続くと畜産物価格の引き上げの可能性も出てくる。
  • 2006年9月10日の総合テレビ放送「NHKスペシャル」。
    わが国では縄文時代から食べられてきた馴染みの深いマグロが、供給不足に陥り、価格が高騰し、将来、食卓に上らなくなると心配されている。その背景にあるのは、中国や欧米のマグロブームや、これまで日本にマグロを供給してきた台湾での捕獲量減少であるが、その影響で世界一の水産物市場を持つ日本に集中していたマグロが、“日本離れ”を始め、熾烈な獲得競争が起きているという。
  • 農畜産業振興機構「海外駐在員情報」(週報)2007年5月29日号。 欧州委員会は2007年5月、経済協力開発機構(OECD)、国連食料農業機構(FAO)、食料・農業政策研究所(FAPRI)などによる推計結果を参考にして、今後10年間の農産物市場についての分析結果を発表した。それによると、アジアでの旺盛な消費により乳製品市場は穏やかな拡大傾向を持続し、最近の高騰を考慮しない場合でも、乳製品の国際市場価格は約40%上昇するとしている。