北海道では酪農経営が設立するチーズ工房(以下、工房と表記)が急速に増加しています。1997年当時8件あったのが2005年現在で32件となりました。しかし、チーズの生産量自体が少ない事例が多く、収益が限られ所得の向上に結びついていないことが考えられます。そこで本稿では、工房を所得確保部門として導入する場合の目標所得とそれを達成するための経済的要件、発展方向についての検討結果をご紹介します。
工房の導入目的を聞き取りすると、過去の生産調整経験を踏まえた加工での対応、乳価の下落への対応、生活面の充実化などがありました。所得確保部門として位置づけるかどうかで類型区分できました。図1、2にもとづいて両者を比較すると、そう位置づける経営の特徴として次の6点が挙げられました。
(1)労働力が4人以上と多い
(2)工房など付加価値部門に専任の従事者を配置している
(3)チーズの原料乳数量が20t以上で多い
(4)個人客向けの原料乳数量が多い
(5)販売経験年数で比較した場合、個人客向けの原料乳数量割合が大きい
(6)軽食・レストラン部門を取り入れている
先述した経営の特徴を踏まえて、検討対象モデルを経産牛頭数40頭規模で後継者が確保されている家族労働力4人の経営としました。
経産牛頭数40頭規模と労働力3人での作業の限界とされている60頭規模との農業固定資本額の差は、工房の導入に要する投資額約2000万円とほぼ一致しました。したがって、これを酪農専業で40頭から60頭規模へ拡大を図るための投資額とみなしました。そのときの農業所得の差である350万円を、工房を導入した場合に最低限確保されるべき目標所得と設定しました。
この目標所得を達成するための損益分岐点を試算すると、販売単価(チーズ100g当たり)別にみた原料乳数量規模は、450円で20t規模、350円で30t規模、300円で39t規模となりました。通信販売取引(対個人客)、業者取引(対小売店・レストランなど)とも変動費がほぼ同じであるため、同様な規模でした。
実態の平均小売単価は450円程度でした。この水準を前提とすると、販売単価は、通信販売取引の場合は450円となり、業者取引の場合は中間マージンを差し引き350円程度(2割引と設定)となります。なお聞き取り調査では、チーズの製造、営業、梱包・発送などをすべて1人で行う場合、労力的に取り扱い可能な原料乳数量は20t規模が限界であり、これに製造補助を行い販売業務を主とする担当者が1人加わる場合は30t規模まで対応可能という指摘もありました。
以上の試算及び聞き取りに基づき、工房導入の経済的要件を表にし、次のように導きました。
(1)家族労働力4人のうち酪農部門に対しては2人で対応し、工房に対しては専任1人と製造補助1人を確保すること
(2)通信販売取引(販売単価450円)の場合、少なくとも原料乳数量で20t規模、販売額で900万円を確保し、業者取引(販売単価350円)の場合、少なくとも原料乳数量で30t規模、販売額で1000万円を確保すること
なお、同じ所得を確保するのに必要な労働時間は、業者取引よりも通販取引のほうが原料乳数量が少なくて済むので少ない結果となりました。また、いずれにしても酪農部門での頭数拡大により同等の所得向上を図る場合に比べて、労働時間の増加が大きくなりました。
表 工房導入のための目標所得と経済的要件 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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注1)損益分岐点分析で試算。固定費(2,181,455円)、原料乳数量0.2tあたり変動費(通販24,485円、業者24,183円)、販促費(販売額の10%)、チーズ生産量(原料乳数量の10%)と設定。 |
工房の発展方向を提示するため、先に設定した経営モデルの条件に合い、酪農と工房とで労働力を分けている事例を対象とし、所得確保部門と位置づける経営の特徴が形成されていく過程を検討しました。検討の視点を戦略と労働力配置の変化に置き、特徴として次の2点を指摘できました。
(1)工房の戦略が注文に応えやすくする製造技術向上(種類の増加、品質の向上)の段階から、収益力向上に結びつくように中間マージンを取られないエンドユーザーである個人客を確保する環境づくり(直売店舗の設置、軽食の提供など)の段階へと所得確保・個人客確保を強化する方向へ移行していること
(2)それに伴い工房への労働力配置数が増加(専任1人から2人体制へ)し、役割分担体制(製造担当と販売・事務担当)の構築がなされていること
つまり、戦略と労働力配置・役割分担体制のあり方が、所得確保部門としていくために重要な意味を持っていることが明らかとなりました。
以上のようなエンドユーザーへ接近していく動きを図3のように整理し、発展方向としました。
この方向を進む上で重要な課題として次の3点が挙げられます。これらへの経営対応および関係機関等からの支援を講じていくことが必要になると考えられます。
(1)労働力確保対策…世代交代による労働力数の減少や人数に制約がかかりやすい家族労働力に対し、取り組む事業内容の選択と雇用労働力の利用等を判断して、経営戦略(目指す経営の将来設計図)を構築・実行すること
(2)顧客確保対策…所得確保・個人客確保をするために、グリーン・ツーリズムや異業種と連携をとるなどの工夫も折り込んでマーケティング戦略を構築・実行すること
(3)技術習得対策…商品化を早めるために研修等によりチーズ製造技術を早期習得すること
本稿では、工房を所得確保部門と位置づける経営について、工房への専任労働配置や個人客への販売が多いなどの特徴を整理しました。それを踏まえ、工房を所得確保部門とするために、家族労働力4人で酪農との作業分担を行う経産牛40頭規模の経営モデルを設定し、目標所得を達成する経済的要件を明らかにしました。さらに、工房が持続的な発展をしていくために、戦略の移行とそれに伴う労働力配置・役割分担体制の変化によって、エンドユーザーへ接近していく過程・段階を整理し、発展方向として提示しました。
北海道酪農では現在、飲用乳の消費低迷を背景に生乳の減産型計画生産が行われています。規模拡大が制限され、さらには乳価が急速に下がってきています。生乳生産コストの低減による対応はもちろんのことですが、生乳生産以外の所得確保部門を持つ意味づけも上昇していくのではないでしょうか。