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No.4 モンゴルの酪農・乳業事情  雪印乳業(株) 酪農総合研究所 清水池 義治

 本年2006年は、チンギス・ハーンによるモンゴル帝国建国から800周年という節目の年であり、モンゴルでは各種の記念行事が国をあげて盛大に実施された。首都ウランバートルは人口100万人を誇る大都市であり、中心部の幹線道路はいつも車で渋滞し、市内の各所では次々とビルが建設され経済発展が著しいことが見て取れる。おしゃれな格好をした女性が携帯電話を片手に町を闊歩する様は、まるで日本のようである。しかしそこはモンゴル、車で30分ほど走れば、白い移動式住居「ゲル」が点在し羊が群をなして草を食んでいる草原地帯に突入する。日本で想像していたとおりの光景とはいえ、その圧倒的なスケールの大きさに思わず息を呑む。800年前にはこの大草原をチンギス・ハーン率いる騎馬軍団が駆けていたのであろうか。目を閉じて、しばし悠久の歴史絵巻に思いを馳せる。

 モンゴルは日本の約4倍の150万km2という広大な国土を有する一方で、その人口は北海道の半分ほどの250万人である(2004年)。2004年のGDPは15.3億USドルで近年の伸びは旺盛だが、経済規模は日本の4,000分の1にすぎない。都市部の平均月収は6万トゥグリク(Tg)、日本円でおよそ6,000円である。ウランバートルの店をみたかぎりでは食品はある程度安いが、日用雑貨は日本より若干安い程度で、家電製品や車にいたっては日本より高い。にもかかわらず、四駆の日本車や端末だけで2万円近くする携帯電話を持っている人が少なからずいる現実から、かなりの所得格差があると想像される。現に、ウランバートル中心部は近代的なビルやマンションが林立していたが、一歩郊外に出るとゲルや粗末な小屋が密集した地域が広がっており、大量の低所得者層が滞留している。モンゴルの主要産業は牧畜業と鉱業であり、それぞれGDPの2〜3割を占めている。特に鉱業は外資系企業による採掘が盛んで、金や銅などが産出されている。GDPを押し上げているのは、この鉱業部門の寄与が非常に大きい。

 農業の主要部門は遊牧業であり、雄大な草原で羊や牛、ヤギ、馬などの家畜が季節ごとに移動しながら飼養されている。家畜飼養頭数は約3,000万頭で、羊4,ヤギ3,牛と馬がそれぞれ1という比率である。近年の傾向としては、カシミアが高く売れるのでヤギの飼養頭数が増加している。主食は当然ながら畜産物であり、おおまかに言って夏は乳製品、冬は肉が主体の食生活が伝統的なスタイルである。乳製品は多種多様で、お茶に乳を入れて飲むのはもちろんのこと、硬質チーズ「アルル」や馬乳酒「アイラグ」は有名である。遊牧民訪問の際にアルルを実際に食べてみたが、非常に固く味は塩辛かった。またアイラグはモンゴルでは子供から大人まで親しまれ、愛飲されている乳飲料である。飲むと“腸をきれいにする”と言われる健康飲料だ。羊の皮でつくった袋に馬乳を入れ、攪拌して発酵させる。気温の関係で夏しかつくることができない季節限定の乳製品であり、アルコール度数は3%程度で、味は少し酸味の強いヨーグルトのようであった。アイラグの栄養価はかなり高いようで、遊牧民の中には夏の間はアイラグしか口にしない人も多いと聞いた(但し1日5リットル以上飲むそうだ)。ちなみに遊牧民宅に招かれた場合、このアイラグを3杯いただくのが客としての礼儀らしい。大きなどんぶりになみなみと注がれたときは思わず閉口してしまったが、味のおいしさもあって2杯は飲むことができた。アイラグは自然条件の違いもあってか、地域により味が若干異なる。私はいくつかの地方で飲んだが、ハラホリン(カラコルム)で飲んだものが一番おいしかったように思う。

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牛とヤクの群。いろいろな牛種が混在している。
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パック詰めされたヨーグルト。スーパーにて。

 モンゴルは1921年の革命以来、長く計画経済体制下にあり、遊牧をはじめとする農畜産業は「ネグデル」と呼ばれる農業経営組織によって集団的におこなわれてきた。しかし1991年の市場経済移行によりネグデル所有の家畜は分配され、90年代半ばには現在のような家族経営主体の農業構造となった。また、計画経済下では伝統的な畜産物中心の食生活を維持しながらも、穀物や野菜などの消費も都市部を中心にして増加していった。ところが90年代前半の経済体制転換による混乱で、特に畜産以外の農業生産が停滞したため、ロシアや中国、韓国からの食料品輸入に多くを頼っているのが現状である。乳製品も例外ではなく、食料品の自給率は決して高くないという印象である。なお付記すべき事項として、大雪害(ゾド)がある。経済状態がようやく安定してきた2000年前後、モンゴルは数年にわたる大規模な雪害に襲われた。全土で数百万頭の家畜が死んだと言われ、統計にみるように家畜頭数が激減している。食肉供給量が激減して食肉価格が高騰、主食である食肉価格の暴騰は猛烈なインフレを招いた。現在はその復興の過渡期である。

 牛乳生産量をみると、市場経済化以降の90年代を通じて増加し1999年には46.7万Lに達した。しかし2000年以降ゾドの影響で急減し、減少分を埋め合わせるように輸入量が増加しているが99年段階には遠く及んでいない。これは消費者の嗜好の変化ではなく、国内生産量の減少によって市場への供給量自体が減ったためと考えられる。スーパーマーケットの棚をみると(紙パック牛乳)、国産の牛乳よりロシアから輸入された牛乳が目に付く。ちなみにロシア産牛乳は1L当たり80円、一方モンゴル産は季節で小売価格が異なり夏で同35円、冬で同50円ほどである。先に述べたように平均月収が約6,000円であることを考えると、伝統的な食品であるにもかかわらず相当高価であると言わざるを得ない。ただし、ウランバートルには日本と同様のセルフ方式のスーパーが相当数あるようだが、値段が全体的に高いのでこのようなスーパーを利用するのは高所得者にかぎられていると思われる。本格的な乳業会社は一社(スーカンパニー社)のみだが、遊牧民から直接仕入れていると思われる零細な牛乳小売業者は市内に多数存在し、ひしゃくを用いた計り売りの形態で販売をおこなっている。私がモンゴル滞在中に間借りしたアパートの部屋の近くに小さな牛乳販売所があり、早朝から住民が自前の容器を持って列をなし、牛乳を買い求めていた。日によっては販売の2時間くらい前から待っている人もいたので、スーパーなどに比して安く買うことができるのであろう。

表 牛乳の生産・輸入量と牛飼養頭数
単位:kl,千頭
年次
牛乳生産量
牛乳輸入量
牛飼養頭数
1990 315.7
-
-
1991
-
-
2,822.0
1995 369.6
-
3,317.1
1999 467.0
-
-
2000 375.6 7.6 3,097.6
2001 290.3 22.2 2,069.6
2002 276.6 20.1 1,884.3
2003 292.3 18.1 1,792.8
2004 328.6 19.7 1,841.6
2005 335.1 20.9 1,963.6
資料:モンゴル国・食料農業省HPより作成。
註:牛に関しては乳用、肉用の区別はない。

 計画経済下ではそれなりに大規模な酪農経営がおこなわれていたようだが、市場経済化に伴いそれも解体し、現在では都市近郊にのみ(自家消費目的ではこの限りではない)販売目的で酪農を営んでいる遊牧民が集まっている。なお酪農専業農家はほとんど存在せず、羊などを飼養するかたわら牛(ヤクを含む)の搾乳をおこない、また牛は乳肉両用の目的で飼われているケースが多いと思われる。飼養頭数は20頭ほどの零細な規模が大半で、飼養形態は放牧(冬季間は舎飼の場合も一部あり)であり、搾乳などすべて手作業である。大半は季節分娩と思われ、夏と冬で乳価が異なるのもこの理由からであろう。

 現在、ウランバートルへ人口が集中するにつれて、都市人口の割合が急激に高まっている。それにともなって、商品としての乳製品の潜在的な需要は近年拡大傾向にあると思われる。畜産国でありながら、牛乳・乳製品の少なくない部分を輸入に依存している現状には批判も多い。モンゴル酪農の現状は、自家消費分を基本に生乳生産がおこなわれ余剰が出れば商品として市場に供給されるという、資本主義的な商品生産の初期段階にある。そのため供給量が不安定であり、また交通をはじめとする物流インフラが未整備であるので生乳流通に衛生面などで不安な点も多い。商品供給産業としての酪農・乳業は現段階では発展途上にあり、これから先いかにして発展させていくかが問われていると言えよう。