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No.1 乳牛の歩行解析と「食の安全」 神戸大学農学部形態機能学研究室 助手 神戸大学インキュベーションセンター ヒト・動物行動定量化プロジェクト 千田 廉

生産現場が「食の安全」のスタート
日本の生産現場でも「動物福祉」や「カウコンフォート(牛の快適性)」という言葉を聞くようになりました。つまり、牛の快適性を向上させることによりストレス軽減効果として、疾病発症率を抑え、抗生物質の使用量を少なくし、健康的な乳牛を飼養することで消費者が望む牛乳を供給できます。

消費者が望む牛乳とはすなわち「安心して飲める牛乳」です。消費者が国内産の牛乳を飲みたいと思う本質的な理由は、価格が安くて新鮮なもの、安全性にすぐれ、品質が良いということです。
もし、外国産の牛乳の方が安全性に優れ、品質のよいものであれば、消費者の選択はどうなるでしょうか?

「食の安全」という商品的付加価値と「食」のグローバル化の波は「牛乳」に対する消費者と小売関係者の考え方を大きく変えています。「動物福祉」や「カウコンフォート」だけが「食の安全」に関係しているわけではありませんが、「動物福祉・カウコンフォートの向上」=「食の安全の向上」というスタンダードは遠い未来の話ではありません。

乳牛の歩き方で何がわかるのか?
歩行の情報には、人間を含む動物の健康状態を示す重要な情報を多く含んでいます。乳牛の生産現場でも同様にこれらの重要性の認識はありました。それでも、我々が乳牛の歩行研究を始めたころは「乳牛の歩き方が変なことぐらいは、見たらすぐにわかるよ」と酪農家や獣医師からよくいわれておりました。

しかし、この発言の背景には現場が持つ主観的経験に基づく知識・知恵がベースであることを忘れてはいけません。つまりこの「知」こそが、実は乳牛の歩き方を知るうえで大変重要な情報となります。しかし、この「知」は酪農家・獣医師・削蹄師の脳の中に蓄積されており、研究者、「食の安全」を政策として進めたい国、消費者そして酪農に興味のある人たちには、垣間見ることができません。我々は現場での経験で裏づけされた、乳牛を理解するうえで重要な「知」を引き出し、わかりやすく表現する必要があると考えました。

一般に削蹄後、乳量が増えるとも、逆に減少するともいわれ、削蹄することにより影響を受けてはいるものの、削蹄と乳量の関連性についてはクリアーではありませんでした。我々の研究グループは一昨年、ある基準で削蹄を行った乳牛が、削蹄後に乳量が増えることを、乳牛歩行の画像解析により発見しました。その基準とは、骨盤と大腿骨が接する関節付近につけたマーカーの動きが、歩行に同調しリズミカルに動く、というものです。

削蹄前は不規則な動きで、ぎこちなく、一定のリズムではありません。しかし、削蹄を行うと歩行のリズムに合わせた上下動、つまり規則的なリズムのある(律動性)動きになりました。そこで、削蹄後の骨盤と大腿骨が接する関節付近につけたマーカーの律動性がよくなるように削蹄をしたところ、分娩後日数に関係なく、削蹄後3か月間の平均乳量が約28%、統計学的に有意に増加することがわかりました。
「歩き方」を評価しながら削蹄を行うと、乳量の増加が望めるようです。我々はこの削蹄により「カウコンフォートが向上」したことが要因で乳量が増えたと考えております。

酪農家、削蹄師そして獣医師も現場で使える乳牛歩行チェッカー
乳牛歩行をコンピュータで画像解析した研究内容をご紹介いたしました。
しかし、このシステムは現場向きではありません。そこで、酪農家、獣医師そして削蹄師でも乳牛の歩行を簡単に評価できる装置が必要と考え、神戸大学、新産業創造研究機構(NIRO)、マイクロストーン社、兵庫県立淡路農業技術センターそしてNOSAI兵庫・東播基幹家畜診療所と共同で無線型3次元加速度センサーを利用した牛歩行解析装置の研究開発を行い、完成いたしました(下図1〜2)。
このセンサーを乳牛の背中に固定し歩く様子をリアルタイムで表示しながら、歩行中のバランス変動が現場で評価できるようになりました(下図3〜6)。

写真
図1:乳牛歩行解析用無線型
3次元加速度センサーシステムの概要
写真
図2:センサーを装着した乳牛
センサーは乳牛の背後に固定用バンドを
使って装着しています。

加速度とは何か?乳牛の加速度変化とは何を意味するのか?
「加速度」というとわかりにくいのですが、「動いている物の勢い」というとなんとなくイメージできるかもしれません。加速度センサーは自動車のエアーバック作動検知やスペースシャトルや飛行機の制御などにも用いられ、動いている物の「急激な変動=異常」を検出しています。

そこで、乳牛歩行中の「勢い」変化を調べる目的で、加速度センサーを最後肋骨背部にマジックテープで固定し、測定しました(図2)。
蹄および四肢に異常のない乳牛の歩き方は、左右に勢いよく揺れたりはしません(図3上段)。少し早く歩かせると、並足より全体的に大きく揺れます(図3下段)。

さらに、左後肢趾間にPDD<*1>発症を認めた乳牛歩行を測定すると、罹患側の肢にかかる「勢い」が、痛みにより十分に支えられないため、「勢い」は罹患側に大きな変化として現れました(図4上段、矢印の部分)。
また、右後肢の内蹄蹄底潰瘍が見られた乳牛でも罹患側にかかる「勢い」を抑えられないために、大きな加速度変化が見られます(図4下段、矢印の部分)。罹患側に負重がかかることにより、強い痛みを感じ、円滑な動作移行ができないようです。

これを治療前後で比較すると、治療前に見られる罹患側の大きな加速度変化(図5上段、矢印の部分)は適切な処置により消え、歩行が安定していることが判ります。しかし、罹患側の処置を十分に行った場合でも、歩行の安定性が悪い場合や隠れた病巣などにより、さらに歩行が不安定になることもこのセンサーにより判るようになりました(図6)。
加速度センサーによる乳牛の歩行中の「勢い」を数値化することで、乳牛の歩行記録が可能となり、疾病状態、術後の回復度、処置の評価、削蹄評価なども応用できることが期待されます。

*1
PDD:PDD(papillomatous digital dermatitis)あるいは有毛種イボと言われる内外蹄球上部の皮膚に発生する極めて伝染力の強い皮膚炎。

図3
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図3:臨床所見により、蹄、関節の異常およびその他の疾病が認められなかった正常牛の歩行時3次元加速度センサーの動き
図4
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図4:罹患牛の歩行データ

図5
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図5:治療直前後で加速度変量を比較(治療後良化した例)
図6
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図6:治療直前後で加速度変量を比較(治療後悪化した例)

おわりに
「動物福祉」や「カウコンフォート」の向上には、牛を見て評価するための客観的データが必要です。そしてその評価には酪農家・獣医師・削蹄師が持つ経験に基づく「知」を織り交ぜることも必要です。
我々は客観的データと現場の「知」を組み合わせた評価系の確立を目指しております。「何となくこの牛は変だ」と判断する「何となく」とは何か、それを解明することが我々の研究目標であり、大変興味のあるところです。

酪農業界では産業を支える後継者の育成問題や、職業としての酪農の「魅力度」向上などの課題もあり、現場の「知」を次の世代へ「継承」するための仕組みづくりまで力を注ぎにくい状況にあります。
この状況を解決するには、今の科学技術を利用し、現場の「知」を記述、記録し、この「知」が持つすばらしい情報判断力を知り、活用することが重要ではないかと考えます。そこに「酪農の魅力」も垣間見ることができるのではないでしょうか。

この紙面をお借りして、いつも研究にご協力していただいている小野、加古川、加西そして稲美町の酪農家の皆様にお礼を申し上げたいと思います。また、臨床症状・蹄疾患に関連した解析では、共同研究者であるNOSAI兵庫・東播基幹家畜診療所の先生方に加速度センサーデータの解釈や現場での活用法を議論させていただいております。また、データのサンプリングのためセンサーをつけて歩いてもらっている乳牛たちにも感謝したいと思います。乳牛歩行の研究により、彼女らの「情動性」が理解できる日がくることを願っております。最後に、本原稿にコメントをいただいたNOSAI兵庫の畠中みどり先生に感謝申し上げます。

【連絡先】
神戸大学インキュベーションセンター ヒト・動物行動情報化P
兵庫県神戸市中央区港島南町1-5-6
TEL・FAX:078-304-6083